自身の承継を見据えM&Aを決断
経営方針を貫き地域への貢献を果たし続ける
北海道オホーツクの産業とインフラを支える運送会社である湧別小型運送。同社の福原裕二社長は、2023年4月、M&Aによって株式譲渡をした。大企業のグループに入ることで不安を抱いていた事業承継問題が解消し、これまで同社の業績を上げ続けてきた手腕をそのままに、現在も会社を牽引している。M&Aに至るまでの心境やその後の変化などについて、福原氏にうかがった。
突然の承継から経営悪化 地元の仕事に懸命に取り組む
北海道オホーツクの地で、一般貨物運送をはじめ、建設業や砕石業、産業廃棄物処理業など地域のインフラや産業を支える湧別小型運送株式会社。代表取締役社長の福原裕二氏の父親である先代が、同社を買い取って経営を始めた。当時は、一般貨物運送のみを行っていた。
福原氏は、子供の頃から自動車が大好きだったこともあり、北見市で自動車整備士の仕事に就いていた。3年経った頃に、父親から「湧別小型運送という会社を買ったから帰ってこい」と言われ、湧別に帰り、73年に同社に入社する。
「帰ってみると、従業員は2人程度で、トラックも1、2台。仕方がないのでトラックの運転手をやったという感じです」

事業承継への意識はなく、入社したからにはとにかく目の前の仕事をやっていくしかなかったと福原氏は言う。ところが88年、福原氏が36歳のときに状況が一変する。先代が急死したのだ。
「継ぐことなど考えたこともありませんでしたが、父親が急に亡くなってしまったので、経営をやらざるを得なくなってしまったというのが現実です」
継いでみてはじめて、経営状況が良くないことが見えてきた。銀行に相談するも融資を断られ、資金繰りはかなり厳しい状況に陥っていった。そんななかで、湧別小型運送に優先的に仕事をくれる取引先が2社あった。そのうちの1社である建設会社の社長が、「放っておいたら潰れてしまうだろうから、仕事はお前に全部やる。だから余すことなく一生懸命にやれ」と言ってくれた。福原氏はその言葉通りに、懸命に仕事に取り組んでいった。
「一時期は、その2社からもらう仕事だけで生きのびたと言ってもいいくらいに、本当にたくさん発注してもらいました。承継した当時の売り上げは2億円に満たない程度でしたが、1年後には倍になっていたのです」
おかげで資金繰りも改善し、他社からも仕事が入るようになっていった。先代の時代には一般貨物運送のみだった事業は、承継後、土木や砕石、産業廃棄物の処理などさまざまな事業へと広がりを見せ、売り上げを伸ばし続けてきた。
「戦略というよりも、もらった仕事をすべてやってきたというのが一番正しい」と言うが、元々やっていた長距離運送からは撤退している。自身がドライバーを務めていたこともあり、ドライバーの負担や事故の危険性に対し、得られる利益が低いと感じていた。短距離輸送のほうがより効率的に利益が出せると踏んで、短距離輸送に特化することにしたのだ。現在は、地域の酪農家から乳業会社に生乳を運ぶなど、道内の輸送を担っている。
また、地域の仕事は基本的にすべて引き受けてきたという。
「町から委託されて、スクールバスや福祉バス、除雪車などの運営も行っています。かつては町でそれらの運転手を採用していたけれども、運転手の定年とともに、新規採用は行えないということで、声が掛かるんです。あまり利益にならないから引き受ける会社もないのでしょう」
地域に根差して事業をしてきたからこそ、損得ではなく、地域社会を支える仕事をする。それは福原氏の経営者としての基本姿勢とも言える。

自身の承継問題をきっかけにM&Aを決断する
福原氏がM&Aについて考え始めたのは、2021年頃。自身が70歳代になり、承継について考えるようになったことがきっかけだった。
「お客さんがいるので廃業という選択肢はないんです。牛乳の輸送にしてもスクールバスやごみ収集にしてもほぼ毎日のことですから、一日でも止まると大変なことになる。私には一人娘しかおらず、社内で誰かいなければ、会社を渡すしかありません。ちょうど、会社経営をしていた親友がM&Aをしたという話を聞いたので、私も譲渡を考えることにしました」
M&Aを決意してから約2年後の23年4月、同社はGLIONグループ(神戸市)へグループインすることとなった。GLIONグループは、輸入車・国産車合わせて約30ブランドの正規ディーラー事業を軸に、飲料事業やウェディング事業などを展開する企業だ。グループイン後も社名はそのままに、福原氏が代表取締役社長として経営を担っている。また、オーナー企業からは1名が派遣され、経営管理面をバックアップしてくれているという。
はじめてM&Aを行うにあたり、不安はなかったのだろうか。
「仲介してくれた人たちを信頼していたので、不安はまったくありませんでした。オーナー企業の代表と会って話しをしたときに、相性の良さを感じたのも大きいですね。すべて福原さんに任せるから好きにやってくれという言葉をもらったので、むしろ安心しました」
従業員には、M&Aに関して「何も変わらない」ということを何度か伝えていたせいか、これまで不安や不満の声は出てきていないそうだ。
「お客さんにM&Aの話が伝わったのは、契約の後でした。『あなたはやめないんでしょ?』という声が多かったので、私は辞めませんと伝えただけで、特に混乱はありませんでした」
地域への貢献を優先する M&A後も貫く経営方針
福原氏は、以前より組織づくりに取り組み、管理面も整えていたため、M&Aで会社の体制に大きな変化はなかった。ただ、コスト管理など細かな点についてはオーナー企業から要望があった。例えば、新たな重機などを導入する際には、二社以上から見積もりを取るといったことだ。
「取り引きをしたことのない町外の会社が相手の場合はそうしますが、地元の会社に対して、相見積もりは取りません。高い安いではなく、地元優先で購入する。なぜなら、うちこそがそのようにしてお客さんから仕事をもらって生きてきたからです。地元優先で取り引きをするという経営方針を変える気はない。オーナー企業にもはっきりとそう伝えています」
M&Aで大きく変わったのは、福原氏の心境だろう。「明日もし自分が交通事故にあってしまったら会社が大変なことになる」といった不安から解放され、恐怖心や責任感からくるプレッシャーがなくなったと語る。今年からはじめるバイオマス関連の新事業にも意欲的だ。M&A以前はなかなかできなかった、クラシックカーの収集や魚釣りなどの趣味を楽しむこともできているという。
「やはり気持ちが軽くなりました。年齢的にも、会社の状態としても、M&Aはちょうどいいタイミングだったと思っています。私の経営方針でやらせてもらえているのは、業績を上げ続けてきたということもあるでしょうから」

実は、M&Aをした後、福原氏は町内にある土井産業株式会社を買収している。土井産業は、かつて湧別小型運送を支えようと手を差し伸べてくれた2社のうちの1社である。経営悪化により売却を検討していたところを、福原氏が買い取ったというわけだ。
「恩義を感じてというのが一番ですが、ほかの会社に買われてしまえば、うちと競合する部分もあるので、それなら一緒になろうと考えました。苦労を買ったようなところもあるかもしれませんが、ここからいい会社にしていくのが経営者としての喜びですからね。M&Aをしたらもう少し楽できるのかなと想像していましたが、やっぱり仕事というのは、楽はできませんね。オーナー側から〝任せますよ〟と言ってもらえるうちは、一生懸命やっていきたいと思います」
「インクグロウのM&A」は「=M&Aの“成約”ではなく、“成功”を創出します=」ということを掲げて活動をしております。PMIを最も意識し、譲渡企業・譲受企業の双方がWin-Winとなる方法をご提案することで、M&Aの“成約”ではなく、M&Aによる企業成長すなわち“成功”を創出することが「理想のM&A」と考えており、日々追求しつづけております。