支援事例

Cases

親族内外承継支援

財務を学び“どんぶり勘定”を一新

フランチャイジー戦略で、
10億円企業を目指す

次世代経営塾[第2期(2014年)/第5期(2017年)YBC若手経営塾(大和信用金庫:奈良県)]修了生
株式会社榛原石油 代表取締役 大西 正彦 氏
聞き手 インクグロウ株式会社 代表取締役社長 鈴木 智博
真ん中が大西正彦氏、右が大西氏の右腕である田中晴菜氏(榛原石油取締役 シャトレーゼ事業部 部長)、左がインクグロウ鈴木智博
真ん中が大西正彦氏、右が大西氏の右腕である田中晴菜氏(榛原石油取締役 シャトレーゼ事業部 部長)、左がインクグロウ鈴木智博

学び続ける姿勢こそが次世代経営者の条件。学びには、座学での学びと実践経験による学びがあり、両方が揃って成長の糧となる。次世代経営塾で学び、入社当時は3億円を切っていた売り上げを倍増させた大西正彦氏に、自身の次世代経営者としての成長の軌跡を尋ねた。

入社後に知った どんぶり勘定による経営悪化

鈴木:大西社長は、元々は承継の意思はなく、建築資材商社で営業職として勤めていたと伺いました。家業に入社された経緯を教えてください。

大西氏:先代である父親が入院したときにはじめて、「会社を継がなければ」と思いました。その少し後に、父から「戻ってくるか」と言われ、家業に転職しました。2013年、32歳のときです。当時は、全国的な菓子チェーン店のシャトレーゼなばり店と奈良はいばら店の2店舗の運営が主力事業でした。

鈴木:業績についてはご存じだったのでしょうか?

大西氏:大変なことになっているな、とわかったのは入社してからです。例えば、約20万円の冷凍ストッカーが壊れても、買い替えることができませんでした。新たな借入もできず、一時的には、私の個人口座からだけではなく、子どもの定期預金を解約して当座の資金を工面したこともあります。
入社後1年くらいは、本当にやっていけるのかと妻がすごく心配していましたね。父に対しては、「何をやってるんだ」という思いもあり、関係もすごく悪かったです。

鈴木:経営悪化に陥った原因はどこにあったのでしょう?

大西氏:最大の原因はどんぶり勘定です。当時シャトレーゼの全国店舗数は約350軒で、なばり店は20位くらいの売り上げを上げていたんです。にもかかわらず、キャッシュがないのはおかしいと違和感を抱きました。
そこではじめて決算書を見たのですが、知識が無かったので正直よくわからない。ただ、決算書の数字と実態が全く紐づかない状態になっていることだけはわかりました。

鈴木:会計報告が不明瞭で、実態が見えなくなっていたということですね。

大西氏:その通りです。決算書の作成は、父と30年以上の付き合いになる税理士さんにお願いしていたのですが、わからないなりに見てもやっぱりおかしいと思ったので、恥を忍んで、大和信用金庫の担当の方に決算書を 見てもらったのです。そこで、別の税理士さんを紹介してもらいました。そして、財務の勉強をするなかで、決算書の中身と現場ですべきことがやっとつながりました。

鈴木:会社経営において財務が大事である、ということを知ること自体が後継者の方には必要だと思います。いち早く学ぼうと思われたことと、何をわかっていなかったかがわかったことがプラスになったのですね。

大西氏:教訓としても、明朗会計が大切だと学びました。あるとき、父と一緒に金融機関に借入の相談に行ったのですが、融資を断られたんです。会計報告が不明瞭だと信用を置いてもらえないのだと実感しました。

鈴木:企業体質の改善はスムーズでしたか?

大西氏:そうですね。たくさんあった不要な経費をカットしスリム化するだけでも、利益が前年度の200%になりました。廃棄率を減らすなどの工夫も重ね、徐々に収益を増やせるようになっていきました。

鈴木:大西社長は、YBC経営塾の第2期と第5期に参加されていますね。

事業譲渡を経て、23年に開業したシャトレーゼ伊賀上野店

大西氏:はい。私が決算書で頭を悩ませている時期に、大和信用金庫さんからYBC若手経営塾を紹介いただきました。これは絶対に行かなければと思い、参加しました。当時は経営について右も左も分からない状態だったので、正直ついていくのに必死でしたが、第5期に再び参加した時には私も専務となり、自分がやってきたことが正しかったのかどうか、3年間の答え合わせができると思いました。以前に参加した時と比べると、より精度の高い学びがありました。

右腕を育て上げ、売り上げ10億円を目指す

鈴木:17年に代表取締役に就任されました。

大西氏:はい。その2年前に承継計画を作成し、金融機関に改めて事業計画を提示して資金調達を行うことができました。数字の面は改善したのですが、一方で、私1人の力ではこの先の成長を実現するのは難しいと感じるようになりました。右腕のような存在が必要だなと。 そこで、なばり店の店長だった田中晴菜さんに白羽の矢を立てて、5年前くらいからことあるごとに、こういう会社にしていきたい、そのために力になってほしいと話してきました。いまはマネージャーとして、現場を統括してくれています。

鈴木:田中さんを右腕にと考えた理由を教えてください。

大西氏:後継者というのは社員からは煙たがられますし、実際に、私と衝突して辞めていった店長もいました。そんななかでもモチベーション高く仕事をしてくれていたことが大きいですね。あとは、私は数字面から物事を伝えがちなので、数字と現場をつないでくれる、現場のスペシャリストが片腕として必要だったんです。

鈴木:古参社員がいるなか、新しく入ってきた後継者が何かを変えようとしても、昔はこうだったと反発されてなかなか物事が進まないというケースが多い。そう考えると、変革のタイミングで右腕となる人材がいたのはすごくラッキーだと思います。今回は田中さんもいらっしゃるので、田中さんのお気持ちも伺いたいのですが。

田中氏:私は元々パートで働いていて、家庭の事情もあり社員になり、社長が帰ってきたタイミングで、店長に昇格しました。それからはプレッシャーがものすごく大きくて。とにかく目の前のことに一生懸命でした。ただ、社長が「会社をこうしていこうと思っている」と少し先の未来を見せてくれるので、そのためにやれることをやろうという気持ちでした。

大西氏:今思えば、結構プレッシャーをかけていましたね。勉強会など、社外にもよく連れ出しましたし、この5年間で成長してくれたと感じています。

鈴木:それは心強いですね。今後の成長戦略なども話し合われているのですか?

大西氏:はい。具体的には、年商10億円を目標にしています。現在の売り上げは約6億円です。5年後には最低賃金が1500円になると言われる環境で、スタッフのみんなに安心して働き続けてもらうためには、利益を上げていかなければなりません。10億円を突破できれば、人件費を確保しながら、さらなる成長を目指す上での原資も確保できると考えています。 そのためにもあと2店舗増やしたいと計画しています。うちはフランチャイジーですから、店舗を増やせば、スケールメリットで管理コストが減り、既存店舗の生き残り戦略にもなります。

鈴木:出店エリアなどは決めているのですか?

大西氏:2年以内に奈良市に1店舗を出店したいと計画しています。現在は本社のある奈良県宇陀市に1店舗、その他に和歌山県に1店舗、三重県に2店舗出店していますが、奈良の会社なので、やはり奈良市で勝負したいという思いがあります。

鈴木:拡大路線の主力はやはり、シャトレーゼの店舗拡大ということですか。

インクグロウ株式会社 代表取締役社長 鈴木 智博
地域金融機関と提携し中小企業の「事業引継ぎ」を支援。経営者育成の為の次世代経営塾は累計で10,708名が受講、M&A 支援は累計で100件を越える(24年12月時点)。著書に『後継者の経営力向上入門 戦略的中期経営計画で会社は変わる!』(プレジデント社 )、『中小企業の事業承継大全』(日本実業出版社)。早大院修了。ファミリービジネス学会正会員。

大西氏:そうです。実は、別の柱を模索してはいるのですが、いまは先の見通しの立たない新たな事業にリソースを割くのではなく、ノウハウもあり、勝てるとわかっているところで戦おうということです。

新たな課題と採用戦略

大西氏:新店舗出店における一番の課題は人です。資金や物件といったハード面はクリアできる見通しがあるものの、じゃあ一体誰が榛原石油のシャトレーゼを体現していくのか、ということになると、任せられる人がいないのが現状です。

鈴木:10億円を目指すなかで、人材育成と組織づくりに注力するステージに入ったということなのでしょうね。新たなステージに入るときには大抵、組織内で軋轢が生じるものですが、御社ではいかがですか?

株式会社 榛原石油 代表取締役 大西 正彦氏
1981年、宇陀市生まれ。高校卒業後、建築資材商社へ営業職として入社。2012年、先代である父親が体調不良により入院したことをきっかけに、承継の意思が芽生える。父親からの「戻ってくるか」の一言で13年、32歳のときに榛原石油に転職。後継者として、悪化していた業績を回復させ、17年、代表取締役に就任。シャトレーゼのフランチャイズ店舗運営を中心に、事業を成長させている。

大西氏:能力やモチベーションなど、各店舗の店長の足並みがなかなか揃わないという課題に直面しています。 また、10億円を目指す背景や私自身の思いを、社員全員にきちんと伝えられていません。私としては、社員とその家族の人生を預かっていることの重みをすごく感じています。だからこそ、私や榛原石油、シャトレーゼに関わってくれた人の幸福度を少しでも高くしたい。青臭いかもしれませんがそういう思いでいます。

鈴木:そうしたビジョンが伝わっているかいないかで、社員の方々のモチベーションや指示の伝わり方も変わる気がします。

大西氏:おっしゃる通りで、ここで働き続けたいと思ってもらうためには、条件面だけではなく、ビジョンや会社の歴史といったことをしっかりと伝える必要性を感じています。

鈴木:採用についてはどのようにお考えでしょうか。

大西氏:ひとつには、社名を変更しなければと考えています。祖父が石油販売業として創業したことからこの社名になったのですが、現在はガソリンスタンド部門もLPガス販売部門も閉鎖しています。主力事業であるお菓子の販売と社名がミスマッチ過ぎて、会社のイメージに悪影響を与えているのです。
もうひとつは本社の移転。現状は古い倉庫の2階にあります。当初は、数字を生み出さない事務所にお金をかけるのはどうかと思っていました。しかし、シャトレーゼ店舗スタッフの募集を見た人が、本社の外観を見てどう思うかと考えると、移転せざるを得ない。この会社で働きたいと思えるような環境を整えるという意味でも、早めに手をつけるべき課題だと考えるようになりました。

鈴木:面接に来てもらったときに、「この会社に入りたい」と思わせるものにお金をかけるというのは採用戦略の一環とも言えます。

大西氏:私もそう思います。人手不足が深刻化するなかで、採用しやすくするためには必要な投資だと捉えています。

鈴木:今後は、ビジョンの浸透や人材育成に取り組みながら、ハード面の整備も進めていかれるのだと思います。御社が5年後、10年後とより一層、選ばれる会社になっている姿が楽しみでなりません。本日はありがとうございました。

次世代経営者成長のカギ

  • 次世代経営者は会社の数字に強くならなければならない
  • 未来を見据えた組織づくりと自身の右腕育成は会社の成長のカギとなる

Company Profile

  • 会社名:株式会社榛原石油
  • 所在地:奈良県宇陀市榛原下井足1484
  • 設立:1981年(創業 1964 年)
  • 資本金:1000万円
  • 従業員:80 名(パート・アルバイト・期間雇用含む)
  • https://www.haibarasekiyu.jp/

※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年4月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。