支援事例

Cases

親族内外承継支援

研究者からのキャリアチェンジ

M&A、上場と成長戦略を担い
家業を飛躍へと導く

次世代経営塾[2012年第1期 きのくにサクセスクラブ次世代経営塾(きのくに信用金庫:和歌山県)]修了生
ヤマイチエステート株式会社 専務取締役/経営企画本部長 山田 裕之 氏
聞き手 インクグロウ株式会社 代表取締役社長 鈴木 智博
右が鈴木智博、左が山田裕之氏
右が鈴木智博、左が山田裕之氏

学び続ける姿勢こそが次世代経営者の条件。学びには、座学での学びと実践経験による学びがあり、両方が揃って成長の糧となる。組織運営を学び、IPOやM&Aなどの成長戦略を担うことで家業を飛躍的に成長させてきた山田裕之氏に、次世代経営者としての成長の軌跡をたずねた。

バイオ系研究者から不動産業へキャリアチェンジ

山田氏:弊社は社長である父が和歌山で創業し、私が8歳の頃、1989年に法人化しました。社長は家にほとんどおらず、幼少期から大人になるまで接点がなくて、会社の話を聞いたこともありませんでした。

鈴木:事業承継について話されたことはありましたか?

山田氏:ないですね。私自身は、アカデミズムの世界に魅力を感じて、大学で時間生物学の研究をしていました。ですが、30歳手前で結婚して、子供を授かったのをきっかけに、キャリアチェンジをしようと考えたんです。社長に相談して、2012年に家業に入社しました。社長には最初、「大変だからやめとけ」と言われたのですが、内心は嬉しかったみたいです。

鈴木:入社時はどれくらいの規模だったのでしょうか。

山田氏:従業員は20~30人で、子会社を含めると売り上げが約40億円、単体で約30億円でした。入社当時の肩書は総務管掌取締役でしたが、部署と言えるほど体系だった組織ではなく、営業かそれ以外の工事監督や設計士の専門職集団というなかで、採用をはじめ何でもやるという感じでした。誰も何も教えてくれないので、「これって何ですか?」と聞いてまわっていましたね。周りからすると、社長の息子ということもあって、どう扱えばいいのかわからなかったのだと思います。

鈴木:その頃ですか?きのくに信用金庫さんの「きのくにサクセスクラブ次世代経営塾」に参加されたのは。

山田氏:はい。ちょうど第1期が始まるということで、お誘いがありまして。マネジメントを学ぶのにいい機会だなと思い、参加しました。ほかの金融機関の勉強会にもよく行きましたし、青年会議所などの社外活動にも参加しました。それらを通して、組織運営の基本を学び、手探りで実践していきました。現場はたたき上げの職人集団のような世界なので、なかなか教科書どおりにはいかない。ですから、稟議の仕組みをわかりやすくしようとか、どうすればミスを減らせるか考えようといったことから手をつけていきました

鈴木:地元の経営者とのつながりもできたのでは?

山田氏:私の場合は、年配の経営者の方々にかわいがってもらいました。欲を言えば、切磋琢磨できるような同年代の経営者とのつながりがもっとあればよかったなと思います。

意見の衝突が起きたときは後継ぎがぐっとこらえる

鈴木:17年には経営企画部の取締役になられていますが、社長との関係性はどのようなものでしたか?

山田氏:入社するまでほとんど会わなかったことを考えると、数年で一生分くらい一緒に過ごしましたね。「会議に出たら会社のことがわかるから」ということで、すべての会議に社長と一緒に出ていましたから。ただ、横にはいましたけれど、あくまで社長と取締役という関係でお互いに接していました。

鈴木:親子だとどうしても、感情的になって衝突するケースが多いですが……。

山田氏:親子として一緒に過ごしてきた時間が短いからか、ドライな関係と言えるかもしれません。もちろん意見が異なることはよくあるので、こちらのほうがいいと思いますよと進言はしますが、決めるのは社長です。そしてそれに従うのが組織ですから。

鈴木:なるほど。そのお考えはどこかで学ばれたのですか?

山田氏:それはやはり、親子だからこそ衝突して息子が追い出される、といった地元のファミリー企業を見てきましたし、不動産業ですから親子の相続の問題も見てきたなかで、自然と〝越えてはならない一線〟を心得たのだと思います。親の世代の考えはなかなか変わりませんから、意見の衝突が起きたときには、後継ぎがぐっとこらえなあかん、というのが私の持論です。

仕事領域をすみわけることで社長と後継者相互の信頼が増す

鈴木:18年に常務、23年に専務になられて、この間で会社の成長角度がだいぶ変わっていますよね。22年には上場されていますが、上場を意識したのはいつぐらいからですか?

山田氏:15年ぐらいに、大手金融機関が地元企業にIPO※をしませんか? と声をかけてまわったんです。それがきっかけで、社長がやろうと。ですが私も含め、みんな「なんのこっちゃ?」という感じでしたから、とりあえず本を買ってきて勉強するところから始めました。当初は誰一人、上場できるだなんて思っていなかったので、20年にIPOが承認されたときは感慨深かったですね。その時は結局コロナ禍で延期になってしまいましたが、2回目のときはやるべきことがわかっていたので、比較的スムーズでした。

鈴木:IPOの準備は大変だったとは思いますが、会社のことに一番詳しくなるでしょうし、経営についてもリードできる面があったのではないですか?

山田氏:そうですね。いろんなことを吸収できましたし、IPOの準備を通して、会社の体制を整えることができました。社長との意見の違いがあって、これ以上いくとぶつかるなという時にも、IPOという共通の目的のために意見をまとめあげることができたのは大きいですね。

鈴木:IPOを目指すなかで、社長としても、山田専務への信頼が増したのではないでしょうか。

山田氏:頼もしいとは思ってくれたと思います。

鈴木:IPOへの挑戦が後継者教育になる、という狙いがあったのでしょうか。

山田氏:それはまったくないと思います。

19年には、約40000㎡の分譲用宅地開発を完成し、販売する。
戸建分譲事業をはじめ、マンション分譲事業や不動産賃貸事業、不動産管理事業などを展開している。

鈴木:そうですか。実は、山田専務がIPOを担当されたことが、事業承継のポイントと重なるんです。社長と後継者で、仕事の領域をすみわけたほうが、承継がうまく行くケースが多い。社長の得意分野を息子にやらせると衝突しますが、社長が知らない分野、例えばDXやダイバーシティ、脱炭素への取り組みなど、新たな知識が必要なところを後継者が担うことで、うまくすみわけされるわけです。IPOも新たな知識が必要ですし、社長が営業面、専務が経営管理、とすみわけされたのかなと感じました。

山田氏:それはおっしゃる通りで、社長の得意な宅地開発や不動産開発の造成工事のプランなどには私はノータッチです。後継者は、少なくとも社長が元気なうちは同じことをするのではなく、組織のなかで足りない部分のリーダーになるべきだと思います。そうすると互いに立てあいながらできる。事業承継をした後継者が、先代とまったく同じスタイルでやって伸びている会社はないんじゃないでしょうか。

鈴木:少ないと思います。家業のもつ力と後継者の力が掛け算されて革新していく、というように、後継者の存在が成長のスパイスになる例が多いですね。

※ IPOとは、「Initial Public Offering」の略で、「新規公開株式」のこと

M&Aと上場を経てさらなる成長を目指す

鈴木:15年の売り上げが約40億円で、24年は200億円を超えて、今期は244億円とうかがいました。約6倍の売り上げになっていますが、この間に何があったのでしょうか。

山田氏:大きなM&Aをしたんです。IPOの準備をし始めた頃の16年に、ユニチカエステートという上場会社の子会社を買収しました。大きなM&Aは初めてだったので、また本を買いにいくところからスタートして、とてもいい勉強になりました。

鈴木:ユニチカエステートの売り上げはどれくらいだったのでしょうか。

山田氏:おおよそ100億円ぐらいでした。

鈴木:ということは、M&A後に約100億円伸ばしているということですよね。

山田氏:そうですね。今までは安定重視でやっていたところを、リスクテイクして攻める方向に切り替えたという感じです。

鈴木:すごいですね。家業に戻って、組織運営を整備しながら大きなM&Aで弾みをつけて、上場を叶えて急成長しているというのは。

山田氏:全部たまたまです。本当に運がよかったなと。

鈴木:上場して何が変わりましたか?

山田氏:上場して変わったというよりも、上場までのプロセスでみんなが変わっていったというふうに思っています。採用に関しても、若い人自体が減っているので、そこまで改善していないというのが実感です。

鈴木:会社の規模が大きくなればほしい人材も変わるでしょうし、なかなか難しいところですよね。最後に、今後の成長戦略についてお聞かせください。

山田氏:次世代経営塾で学んだ、下りではなく上りのエスカレーターで仕事をしたほうがいい、つまり需要のあるところで仕事をしたほうがいいという内容が印象に残っています。そういう意味では、これまでやってきた戸建分譲事業と収益不動産事業を、マーケットの大きい関東で広げたいと考えています。一方で、アジアでの事業展開も計画しており、我々が得意としてきたロードサイド型の店舗開発を進めたいと考えています。
追い風のなかで事業を推進していくために、ちょうどいま、組織体制を改めて整備しているところです。体制が変わることで辞めていく人もいますが、残ってくれる社員の仕事への熱量の高さを感じ、私もやりがいを感じています。これからも引き続き、挑戦を続けていきたいと思っています。

ヤマイチエステート株式会社 専務取締役/経営企画本部長 山田裕之氏
1981年、和歌山県生まれ。2010年、京都大学大学院薬学研究科医薬創生情報科学システムバイオロジー分野、研究員着任。12年、同分野、特任助教就任。同年7月、家業であるヤマイチエステートに入社。総務管掌取締役、工務部管掌取締役を経て、17年、経営企画本部管掌取締役就任。M&AやIPOなど、経営戦略に取り組む。23年、専務取締役就任。

次世代経営者成長のカギ

  • 会社では、親子である前に社長と後継者という関係であり、後継者は組織的意思決定に従う。
    それがファミリー企業において衝突を回避する方法となり得る。
  • 親である社長と同じ領域を担当するのではなく、社長が苦手または未経験な領域を担当し専門性を高めれば、相互に補完し合う関係となれる。
    おのずと信頼も蓄積される。

Company Profile

  • 会社名:ヤマイチエステート株式会社
  • 所在地:大阪市中央区瓦町2-4-7 新瓦町ビル1階
  • 設立:1989年
  • 資本金:14億2621万9722円(2025年3月31日現在)
  • 従業員数:170名(連結:2025年4月30日現在)
  • https://www.yueg.co.jp/

※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年8月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。