13年間の営業職から経営の道へ
悩みを解決するものづくりで
創業100年を目指す
学び続ける姿勢こそが次世代経営者の条件。学びには、座学での学びと実践経験による学びがあり、両方が揃って成長の糧となる。地域密着の木工会社として生き残る道を模索してきた近藤泰一郎氏に、次世代経営者としての成長の軌跡をたずねた。
入社後すぐに新商品を開発 事業を転換し収益性を高める
鈴木:近藤社長は、創業80年になる家具メーカーの三代目ですが、承継については幼い頃から言われてきたのでしょうか。
近藤氏:両親や親族からもそういった話はありませんでした。私が大学を卒業した時にも、戻ってきてくれとは言われなかったんです。
鈴木:承継に関する話がなくとも大手家具メーカーに就職なさったのは、どこかで継ぐことを意識していらっしゃったということですか。
近藤氏:そうですね。潜在的に、いずれは継ぐのかなというイメージはありました。ただ、いざ就職をしたら営業の仕事が面白くなってしまって。営業職を全うするのもいいんじゃないかという思いもありました。
鈴木:そんななかで家業に戻られたのはなぜなのでしょう。
近藤氏:祖父が創業して父親が継続させてきた会社をつなぐのは自分しかいないという思いが頭を離れなかったことが大きいですね。ここで自分が戻らないと会社がなくなってしまう、と感じたタイミングで家業に戻りました。2011年、36歳のときです。父親も、業界の変化が早いなか、方向性に迷いがあったようです。元々不器用同士で喋ることが少なかったですし、戻ってこいとは言えなかったのだと思います。ですが、私が戻ると決めた時にはすごく喜んでいたそうです。
鈴木:入社後、親子間のコミュニケーションは変わりましたか?
近藤氏:そうですね。会社をどうしていくか、例えば既存商品をどう活かしていくのか、得意先の新規開拓や今後どんなものづくりをしていくかについて話をするようになりました。入社後は営業として現場に入りましたが、最初の1、2年目は会社を変えなければならないという焦りでいっぱいでした。
鈴木:当時は、OEMが中心だったと伺いました。
近藤氏:はい。OEMの委託企業が海外に製造を移してしまったことが、業績不振の大きな要因です。私の入社前後は、ちょうど事業転換を迫られていた時期でした。これから自社商品を考え、販売していかなければならない。このタイミングで、子ども向け椅子を企画していた商品ディレクターが当社を訪ねてくれたんです。その後すぐに私が入社し、家具デザイナーとの出会いもあって、商品企画会社とデザイン会社と当社の3社がそれぞれの強みを活かして、商品づくりを行うことになりました。それが、のちに豊橋木工の主力商品となる「アップライト」です。
鈴木:すごくいいタイミングでの入社だったのですね。そして、3社合同で新商品の開発をしながら販路構造を変えていったと。
近藤氏:どのようにして自社商品をつくってお客様に売っていくのか、ということを商品ディレクターに教えてもらうなかで、ものづくりで生き残っていくための方程式が少しずつ見えてきたという感じでした。
また、よくも悪くも工場の仕事が忙しくなかったので、新商品づくりに力を注げました。これが製造の予定がある程度埋まっていたら、社員のみんなには「いやいやできません」と言われていたかもしれません。
鈴木:余剰があったのですね。
近藤氏:そうなんです。新たな挑戦を通して、みんなで少しずつ力をつけながら、商品のブラッシュアップをしていきました。そうして徐々に売り上げも上がっていきました。
鈴木:下請け的なBtoBではなく、オリジナリティのある製品をつくって、自分たちの力で売っていくBtoCに変革することで収益性を高めた。そうした実績を早い段階で示せたことは、組織をまとめるうえで役に立ったのでは?
近藤氏:はい。それはありました。
鈴木:後継者への周囲の目線というのは往々にして厳しいものですが、実績を出すことで、それは会社を変えてくれる人だという期待感へと変わります。
理念や経営計画書の必要性を学び、組織づくりに取り組む
鈴木:入社2年目からは専務になられていますが、経営者としての学びは意識していらっしゃいましたか。
近藤氏:入社して2、3年は現場で営業とものづくりをやっていましたから、正直経営については何もわからない状態でした。蒲郡信用金庫さんのがましんニュービジネスクラブ「若手経営者育成講座」や地元の経営者の勉強会に参加してはじめて、経営の基本について学びました。
鈴木:現場を経験して会社の実態や今後の方向性が見えてきたなかで、一段階目線を上げて経営者としての取り組みをはじめたということですか。
近藤氏:そうですね。いいタイミングで経営塾に参加し、理念やスローガン、経営計画書の必要性を学びました。以降は毎年、経営計画書を作成し発表しています。
また、「アップライト」を事業の中心に据えて会社を変革していくうえで、何を大切にすべきかといったことも学ばせてもらい、少しずつほかの商品づくりへと広げていっています。
鈴木:経営塾での学びがご自身の経営の基盤になっているということですね。
20年には社長に就任されていますが、これまでで大変だったなと感じたことについて教えてください。
近藤氏:私はずっと営業畑で、1から10まで自分で段取りをしてやってきたのですが、社長になったときにも、すべてのことを自分で決めなければならないと思っていました。ですから、細かい部分まで私が決めてしまっていたんです。あるときマネジャーの社員から、「社長にそこまで言われちゃうと、僕は何もやることがありません。困ります」と言われて、任せることの大切さに気づかされました。現在は社員数が38名と、私が入社してから10名近く増えており、組織づくりが必要になってきたと感じています。いつまでも自分が組織の先頭に立っているようでは組織はまとまらない。とはいえ、何をどこまで任せてサポートをすればいいのか、距離感やバランスが難しいなといまも苦労しています。
鈴木:まさに成長痛を感じているところですね。組織が大きくなるときには必ず成長痛が伴います。おそらくいまは近藤社長の右腕となる人物が幹部のなかにいらっしゃると思いますが、今後ミドル層が育ってくると、より強い組織になっていくのだと思います。
近藤氏:主力として育ってきている社員は、入社して10年ほどの20代後半から30 代前半のメンバーです。実は、10年前に地元の高校生の就職採用をスタートしてから、ずっと採用し続けています。採用当初、工場では「そんなに若い子を入れて大丈夫なの?」という空気だったのですが、2、3年続くと、新しい力ってすごいなと、工場の雰囲気がずいぶんと変わりました。
高校との関係も深くなり、工業高校のウッドクラフト部と交流をしたり、インターンの受け入れをしたりという活動もしています。リクルートも兼ねながら、豊橋木工を知ってもらって、木工というものづくりを豊橋に残したいという思いで活動しています。
鈴木:すごくいい活動ですね。若い人が働きたくなるような会社づくりをすること自体が地域貢献になりますし、雇用を支えるという意味でも、地域経済の活性化につながっていくのだと思います。
「悩みを解決するものづくり」でお客様と社員を笑顔にする
鈴木:豊橋は元々木工が盛んだったのでしょうか。
近藤氏:木材が豊富な奥三河が近いので、職人が多く木工が盛んでしたが、大手メーカーが海外に製造を移したり、ファスト家具と呼ばれる手ごろな家具が主流になってきたりしたこともあって、木工の会社は減っています。そのなかでどうやって生き残っていくのかというところで、私たちは「お客様の悩みを解決するものづくり」にたどり着きました。
鈴木:現在の業況としてはいかがですか。
近藤氏:「アップライト」を主力商品に据えて以降、ここ10年はずっと業績を上げてきました。社長就任後の3年も増収を続けてきましたが、この2期は横ばいです。実はコロナ禍は、巣ごもり需要で家具が売れたので、家具メーカーは全体的に業績がよかったんです。コロナ禍が明けてから少し苦戦をしている状況で、次のステップに向けて取り組んでいるところです。
鈴木:今後のビジョンについてお聞かせください。
近藤氏:商品に関しては、より尖ったものづくりをしていきたいと考えています。トータルにいろいろなものがつくれる会社ではないので、「お客様の悩みを解決する機能」に特化したものづくりを続けていきたい。私たちの商品でお客様を笑顔にする。それが結果的に社員みんなの働く喜びを生み、工場に笑顔が増えることにもなるのだと考えています。
あとは、地元の雇用を支えるとともに、イベントにも積極的に出展して、地域の方に喜んでいただける地域密着の企業でありたいですね。今後は、創業100年を目指して、時代の変化に沿うような形で木工会社として生き残っていける道筋をつくるための10年、20年になるのかなと思います。
鈴木:最後に、若手経営者や後継者に向けてアドバイスをお願いします。
近藤氏:ほかの経営者との出会いを大切にして、他社の取り組みから学ぶとよいと思います。自社でもできそうだと思ったものはすぐに取り入れてはいかがでしょうか。また、後継者の方は、会社を変えなければとお考えの方が多いと思いますが、急激に会社の方向性などを変えることには危険が伴います。焦らずに、社員の意見を聞いて判断することが大切です。
1975年、愛知県生まれ。大学卒業後、大手家具メーカーに就職。営業職として13年間勤務。2011年、祖父が創立し、父親が代表を務める豊橋木工株式会社に入社。営業部門の責任者を経て専務取締役に就任。子ども向け椅子「アップライト」を手掛け、事業転換を果たす。20年、代表取締役社長に就任。
次世代経営者成長のカギ
- BtoC向けの中小製造業はニッチマーケットで戦い、売上ではなく粗利で勝負する。
- 会社が成長する上では必ず成長痛が生じる。その痛みと軋轢を乗り越えることが成長することでもある。
- よい出会いが後継者の人生を変え、会社を変えていく。後継者や若手経営者は積極的に外に出よう。
Company Profile
- 会社名:豊橋木工株式会社
- 所在地:愛知県豊橋市杉山町字知原12-1052
- 設立:1944年
- 資本金:5000万円
- 従業員数:38名
- https://toyomoku.co.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年12月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。