内部昇格で経営者に
林業の六次産業化で
山の仕事を次世代へつなぐ
学び続ける姿勢こそが次世代経営者の条件。学びには、座学での学びと実践経験による学びがあり、両方が揃って成長の糧となる。一木こりから経営者となり、林業の新たな可能性を切り拓こうとしている原薫氏に、次世代経営者としての成長の軌跡をたずねた。
山に魅かれ、林業の道へ 内部昇格で経営者に
鈴木:原社長は、内部昇格で柳沢林業の二代目になられましたが、そもそもなぜ林業に就こうと思われたのでしょうか?
原氏:元々は環境問題に関心があり、大学は農学部でした。面白いなと感じていた樹木学の実習で静岡の演習林に行く機会があって、そこから山っていいなあと思い始めました。あるとき、『木※ を読む』という本に出会い、木の文化を継承する職人になりたいと思うようになったんです。“環境問題”と大上段に構えなくても、木を生かす職人になればいいじゃないかと。ひとまずお金を稼ぐために、知り合いの紹介で静岡の森林組合に就職しました。そこで一緒に仕事をした、山の職人とも言えるじいちゃんたちに魅せられました。山で生きるって格好いいなと思ったのです。
※『木を読む』林以一(小学館)
鈴木:山を生かし、山と生きるという発想が根底にあるのですね。いつ柳沢林業に入社したのですか?
原氏:2003年です。信州に移住した当初は、別の一人親方のもとで働いていました。そろそろ職場を変えようと考えていた時に、山でもよく会っていた柳沢林業の会長(当時は社長)に「うちに来りゃいいわ」と言ってもらって。
入社後は一作業員として働いていましたが、5年ほど経った頃、会長から「自分は70歳で引退するから跡を継いでくれないか」と打診されます。ただ現場での怪我が続いたことでヨガと出会い、しかもどはまりして実は一旦退職しました。 数年後に復帰したものの、私の退職で一旦は白紙になった社長承継。他に候補者もおり2年ほどみなで迷いに迷いましたが、最後は「薫ちゃんやってや」という会長の一言で承継が決まりました。
鈴木:即決したのですか?
原氏:そうですね。一度言われていたこともありますが、はまったヨガで丹田が鍛えられ、肚が据わったことで引き受けることができたのだと思います。
鈴木:会長には、女性が社長になることで、革新的な取り組みができるんじゃないかという期待があったのでしょうか。
原氏:それはなかったと思います。真意はわかりませんが、私は、林業のことを知ってもらいたいといろんな所に出かけていたので、そういう部分を見てくれていたのかもしれません。
鈴木:会長とはどれぐらいの並走期間がありましたか?
原氏:ほぼありません。お金の借り方すらわからない。松本信用金庫の担当だった遠藤さん(現:地域リレーション支援部長)に、ゼロから教えてもらいながら、事業計画を一緒に作ってもらいました。
鈴木:経営のいろはを何にも知らない状態だったのですね。
原氏:はい。会長が引退する1年前に、奥さんから事務を引き継ぎましたが、わからないことも多く、自分で必死に学んだという感じです。あとは、夫の知り合いに経営コンサルタントの方がいて、その方から聞いた素晴らしい会社の話を夫がよくしていたので、いい会社は何を大事にしているのか、といったことを考えてはいました。
鈴木:松本信用金庫さんの「みらい創造経営塾」への参加も、社長になられてからですか?
原氏:遠藤さんからのお誘いで社長になった13年に1人で参加し、翌期に社員数人と参加しました。経営のことは何もわからなかったので、とても勉強になりました。
組合の下請けを脱却し、補助金に頼らない自立の道を目指す
鈴木:林業は、国などからの補助金や助成金を下地に、森林組合の枠組みのなかで利益を確保していかざるを得ない事業構造になっているようなところがあります。そんななか原社長は、自立の道を模索するという、革新的な取り組みにチャレンジされています。
原氏:自立しなければ生きていけない状況に追い込まれたというのが正直なところです。先代の時代は、組合の下請け仕事が中心でしたが、組合が広域合併をするなか、組合も自分たちのお抱えの作業班に仕事を出さざるを得ない状況が出てきて、1カ月仕事が来ないという事態が生じるようになったんです。このまま組合におんぶに抱っこではまずい、と下請けから脱却する道を選びました。
林業の事業費の約7割は補助金で、それを自分たちで申請できる体制を何とか整えました。ところが、制度自体が複雑なこともあり、行政の対応に不備が生じ、申請した補助金が減額されたなんていうことが起きました。補助金頼みの事業に軸足を置くことにリスクが出てきたのです。
鈴木:自分たちの力ではないところでブレーキがかかってしまう状況下で、六次産業化に舵を切ってこられたわけですね。
原氏:はい。この地域の山はカラマツやアカマツが多く、まずは商品ができていたカラマツを流通させようと、複数社で一般社団法人を立ち上げました。アカマツに関しても販路を開拓していますが、なかなか苦戦しています。
鈴木:独自の販路で利益を上げていくのは、難易度が高いと。
原氏:とはいえ止まってもいられないので、自社製品の販売も始めました。最近では、木の素材を活かした空間デザインの仕事が少しずつ増えています。
鈴木:キャンプ場の運営もされていますし、林業とは異なるフィールドで売り上げを上げている。先代の時代の3倍超の売り上げだとうかがいました。
原氏:たしかに売り上げは上がっていますが、まだまだ収益性が低い。本来であれば、本業の林業を安定させてから新しいことを始めるべきですが、そう言ってもいられなかったので、本業よりも利益が出にくい取り組みにも着手してきたわけです。
現在は事業を4つのフィールドにわけて考えています。「山のいとなみ」として、森林づくりや循環農業などを行い、「山の恵みを分かち合う」ために、丸太生産や製材加工、酒造りなどをしています。「街に広げる」べく、木質空間のプロデュースや庭造り、そして山に「人をいざなう」ためのキャンプ場運営やイベントを実施しています。自立の道を探る一方で、やはり林業としては自治体と協働する必要があります。例えば、アカマツの山はマツ枯れが進み、このまま放置すれば、地域の林業者はカラマツの山と公共事業を奪い合うことになる。そのうちに、里山も地場産業も失われてしまう。今こそ地域が一体となって山の恵みを生かし、地域経済を豊かにすべく、地域商社をつくりましょうと松本市に働きかけています。
鈴木:林業自体の課題が山積するなか、地域の企業や行政を巻き込んで道を切り拓こうとされている。地域に根差す企業経営者として、何とかして林業や森林を次世代に残さなければという使命感も感じます。
ビジョンを描き、社員とともに山と林業を次世代へとつなぐ
鈴木:松本信用金庫さんの「みらい創造経営塾」に2期連続で参加されていますが、印象に残っている内容はありますか?
原氏:一番の学びは、会社としての「あり方」が大事であるということですね。そのような学びを得たからこそ、山と人が生かし生かされる豊かな暮らしを創造する、という理念のもとでいろんな事業を進めてきました。しかし、経営者としては結果がすべてですから、まだまだ道半ばというところです。
鈴木:なるほど。いかにして安定した販売先をつくるかがポイントになるのでしょうね。
原氏:そういう意味では、もう一息なんです。木質の空間デザインなどの受注につながりそうな顧客リストが増えてきました。
鈴木:苦戦している事業もあるとはいえ、社長になる前は7名だった社員が、27名と格段に増えていますよね。
原氏:一次産業に魅力を感じる若い人は多いようで、採用活動をしなくても入ってきてくれています。私たちが描くビジョンに共感してくれていると感じます。離職も少ないです。
鈴木:どの業界も、採用にも定着にも苦労しているなか、それはすごいことです。
原氏:ですが、組織づくりは苦労しています。社員一人ひとりの力を引き出して主体的に動いてもらいたいのですが、つい自分でやってしまうこともあって難しい。組織づくりも、事業基盤をつくるのも、大変だなと痛感しています。社長になったときに、ある経営者の方に「地獄へようこそ」と言われたことを思い出します。
鈴木:苦労されている真っ最中ということですよね。経営者にとって、乗り越えてきた修羅場はすでに苦労じゃなくなっているので、“今が一番大変”なんですよね。しかしいまの苦労を越えた先に、新たな林業の可能性が見えるような気がします。
原氏:そうですね。私たちが生き残るためにも、地域や行政を巻き込んで、さまざまなアプローチで山をよくしていきたい。それが、林業を持続可能にし、新たな可能性を開くことにつながるのだと思っています。
1973 年、神奈川県生まれ。筑波大学卒業後、静岡市の森林組合に就職。99年に長野県に移住し、2003 年、柳沢林業へ入社。現場での怪我をきっかけに、柳沢林業を一旦退職するも、数年後に復職。13 年、代表取締役に就任する。17 年、一般社団法人ソマミチを設立し、木を使う社会の仕組みづくりを目指す。4つのフィールドから成る事業を手掛け、林業の新たな可能性を模索している。
次世代経営者成長のカギ
- 内部昇格にて経営者に就任。現在は、組織経営を導入し就任時より売り上げは3倍超、社員数も3倍以上へ
- 理念、ビジョンを明確にして事業ドメインを再定義
- 旧来型の林業から脱却し、4つのフィールドで事業を展開する新林業に挑戦
Company Profile
- 会社名:株式会社柳沢林業
- 所在地:長野県松本市岡田下岡田774-1
- 設立:2012 年(創業 1964 年)
- 従業員数:27 名
- https://yanagisawa-ringyo.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2026年4月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。