支援事例

Cases

親族内外承継支援

外の世界を知り、経営者の視点を身につける

身内だけの家業から会社組織へと変革
木型づくりを次世代へ

第2期/第5期おんしん未来創世塾(遠賀信用金庫/福岡県)修了生
株式会社村田木型製作所 代表取締役 村田 誠 氏
聞き手 インクグロウ株式会社 代表取締役社長 鈴木 智博
写真左から山本直人氏(取材当時・遠賀信用金庫むなかた支店係長)、真ん中が村田誠氏、右が鈴木智博氏。
写真左から山本直人氏(取材当時・遠賀信用金庫むなかた支店係長)、真ん中が村田誠氏、右が鈴木智博。村田氏と鈴木が抱えているのは、村田木型製作所のオリジナルキャラクターである、「キガタヤクックチーノ」

学び続ける姿勢こそが次世代経営者の条件。学びには、座学での学びと実践経験による学びがあり、両方が揃って成長の糧となる。木型職人としての自信をつけた後、後継者そして経営者としての意識に目覚め、家業を変革してきた村田誠氏に、次世代経営者としての成長の軌跡をたずねた。

21歳からはじまった木型職人への道

鈴木:御社は1982年の設立から木型製作を行っていますが、村田社長は幼い頃から家業を意識していたのでしょうか。

村田氏:いいえ、入社する21歳まで家業のことは何も知りませんでしたし、継げと言われたこともありませんでした。にもかかわらず家業に入ったのは、そうするしかなかったと言いますか・・・。大学のときに、両親に反発して他所の土地で働いてみたり、やりたいことをやってみたりと数年間ドロップアウトしていたんです。結局すべてうまくいかずに、2003年に家に戻ってきたというわけです。父からは「まず働くということを覚えて、それからやりたいことをやればいい」と言われました。そこから23年間、木型製作という仕事に向き合ってきました。

鈴木:途中で他の選択肢は考えなかったのでしょうか。

村田氏:当初は、やってみろと言われてもまったくできず、逃げ出しそうになっていました。でもこれ以上は迷惑をかけられない、とできるようになるまでひたすらやり続ける日々でした。仕事との向き合い方が変わったのは、半年くらい経った頃です。 当時は、父と私と従兄の3人で木型づくりをしていたのですが、父が病気になったときにふと、父がいなくなったら会社はどうなるんだろうと思ったんです。従兄を助けるためにも自分ができるようにならなくては、この道でやってみようと。そこからは、一人前になるために修業をする道のりでした。

鈴木:業界的に一人前になるには何年くらいかかるのでしょうか?

村田氏:最低でも10年。当時はすべてが手作業で、10年経ってもまだまだと言われるような世界です。まず機械部品の図面から形状を正確に理解し、鋳物にするためにどういう木型にするのかを頭のなかだけでイメージしなければならない。次に、寸法どおりの形にするために旋盤や鉋、鑿などを扱う技術を身につけなければならない。そうしてはじめて一人でつくれる状態になる。自分自身がこの仕事をやるようになってはじめて、両親はこんなに大変な仕事をしながら自分を育ててくれたのかと気がつきました。

職人から経営者へ 外の世界を知り意識が変わる

鈴木:2020年に社長になられていますが、計画的な承継だったのでしょうか。

村田氏:実は2009年は父が60歳になるタイミングで、ちょうど借入金の返済が終わるから私と従兄に会社を譲ると言って、引退しました。ところが、私も従兄も、何のアクションも起こさずそれまでと同じように仕事をしていたのです。私からすれば、私よりも8年も前から会社にいる従兄は師匠のようなもので、従兄よりも前に出るわけにはいかないという意識がありましたし、従兄も経営者になりたいタイプではなかった。ですから、その1年後には父がしびれを切らして、「やっぱりお前らには譲れない」と戻ってきました。

鈴木:なかなか珍しいケースですね。

村田氏:当時は私も30歳前で、継ぐという意識はなかった。父が戻ってくるならそれでいいかという感じでしたね。ただ、その後3年くらい経つと「このままでいいのか」と危機感を抱くようになりました。相変わらず休みなく働いていましたが、売り上げはギリギリ。もっといいやり方があるのではないかと。

鈴木:職人としての自信がついたところで、仕事全体や会社の先行きに目が向き、やり方を変えていこうと考えられたわけですね。

村田氏:そうですね。入社して13年ほどが経ち、外の世界を知りたいと考えていたときに、遠賀信用金庫の担当の方からおんしん未来創世塾に誘っていただいたんです。 まず、同世代の人がこういう所に来て勉強しているということが衝撃でした。私自身は外の人と一切話すことなく仕事をしていたので。このときに、後継者の輪の中に入ろうと一歩踏み出したからこそいまがあると強く感じています。

鈴木:タイミングがよかったのでしょうね。3期後にも参加されていますよね。

村田木型製作所では現在、4名の女性スタッフが働いている。異業種の人にも来てもらえるように、また、自分たちがワクワクしながら働ける場にするべく、事務所のリノベーションは彼女たちに任せたという

村田氏:余裕をもって戦略的な部分などを改めて学びたいと思い、参加しました。なかでもランチェスター戦略についてはよく覚えていて、現在も意識しています。また、前回自分が感じたことを他の参加者の方に伝えたい気持ちもありました。 ちょうどその頃に、自分が代表としてやりたいと父に宣言しました。いまのままだと潰れるからやり方を変えたい、手作業だけではなく機械を入れていきたいとも伝え、最初はぶつかったものの次第に共感してくれまして。そこで、ものづくり補助金を申請し、複雑な立体形状を製作する3D切削機を導入することに。初めて挑戦した補助金申請が採択されて、自信にもなりました。申請の過程で、事業計画を練ることができたのもいい経験でしたね。

鈴木:未来創世塾で経営への意識が芽生え、具体的なアクションにつながっていったと。承継はどのように進められたのでしょうか。

村田氏:宗像市商工会が主催する宗像経営塾に参加することになり、事業承継をゴールに据えて、3年かけて事業計画の策定から実施までを支援してもらいました。身内だけの家業から他人を雇う会社組織にしたかったので、20年に個人事業を廃業して法人化し、それを機に代表取締役に就任しました。

手仕事とデジタルを融合し高付加価値経営へ

鈴木:承継されてからは会社も大きく変わったのでは?

村田氏:仕事のやり方から労働環境など、すべてを変えてきました。1台目の機械導入を皮切りにデジタル化を進め、生産性を上げてきました。また、自分で面接を行い、現在は4名の社員が頑張ってくれています。

鈴木:業績についてはいかがでしょうか。

村田氏:以前は1日18時間勤務休みなしというような環境で、売り上げは年間1500万円程度。現在は残業もずいぶんと減り、年間カレンダーで休日を設けるようにして、年間6000万円程度を売り上げています。

鈴木:事業承継を機に法人化し、成長のための投資も行って、いい流れで成長フェーズのスイッチが押されている状態ですね。

村田氏:人材採用が一番のネックだと思っていたので、設備や労働環境をしっかりと整えておきたかったのです。人手不足が顕著な業界でもあるので。

鈴木:職人の手作業が軸となると、育成だけでなく、労働時間に収入に見合わなければ、なり手がいなくなってしまいますよね。

村田氏:そこをどう変えていくのかが一番の課題でした。私がやってきたやり方をしてしまうと、たぶん誰も続かない。機械に任せるところと職人仕事とを分業し、それぞれに特化した人材を育成することにしました。

鈴木:受注単価も上がっているのでしょうか。

村田氏:10年前と比べて4倍くらい上げています。元々が低すぎたとも言えますが。

鈴木:木型というと、部品を成形する前工程の仕事なので、なかなか価値が見出されにくく、値下げの対象になってしまいがちです。

村田氏:建設機器であれ、エンジンであれ、木型がないとつくれません。ものづくりは木型からはじまるのです。本来であればものづくりにおいてとても大事な仕事のはずなのですが、自分たちでその価値を下げてきてしまった。同業他社に仕事をとられないようにと値下げしてきてしまったのです。

鈴木:しかしその状態は長続きしない。今後そのようなところは淘汰されていかざるを得ません。

村田氏:値下げ合戦をするのではなく、うちを選ぶメリットをお客様にきちんと伝えなければならないと思っています。デジタル化し、若手を育成しているからこそ、今後何十年と安定して供給できますし、納期もぶれず生産量も上げられる、といった付加価値を伝えることを大切にしていきたいと思います。

木型の可能性を広げ木型づくりを次世代につなぐ

鈴木:今後の展望についてお聞かせください。

村田氏:3年前にBtoCの事業をスタートさせて、雑貨などの自社商品ブランド「coohii」を立ち上げました。なぜBtoCなのかというと、木型づくりという仕事をより多くの人に知ってもらいたいからです。異業種の人に会うと必ず、木型って何?と聞かれるんですよ。こんなにも魅力的な仕事なのに知られていない。木型というのはそれを扱う鋳物屋さんによって、たとえ同じ商品でも求める形が微妙に違うので、そこをいかに考えて提案するかというクリエイティブな部分が大きいんです。だから一度経験してもらいたいなという思いで、XやInstagramなど複数のSNSで木型づくりについて伝えるうちに、気がつくと女性が入社してくれるようになり、去年はプロダクトデザイン学科で学んだ女性が新卒で入社してくれました。

鈴木:木型づくりは、そもそもものづくりの上流の仕事ですし、クリエイティブ性に注目すれば可能性も広がるということですね。さらには女性が手掛けることで、男性の職人仕事というイメージから脱却して新しい視点が出てくる。それだけでも差別化になりますね。

村田氏:そうですね。たしかに、「村田さんのところだけなんで若い人が来るの?」などとよく聞かれます。ですが、村田木型製作所だけを大きくしていくのではなく、私たちが木型づくりについて発信することで、木型屋さんを増やしていきたい。木型の魅力を連鎖させて、次世代につないでいきたい。それがいまの私の目標です。

株式会社村田木型製作所 代表取締役 村田誠氏
1982年、福岡県生まれ。2003年、家業である村田木型製作所に入社。一職人として技術を磨き、会社の未来を見据えてデジタル化に踏み切る。20年、家業を法人化し、代表取締役に就任。手仕事とデジタルの融合を図り、業績を向上させている。19年、業界で初めて「はばたく中小企業 小規模事業者300社」に選定される。24年、「アルミ鋳物のお香立て」が福岡デザインアワードで金賞を受賞。

次世代経営者成長のカギ

  • ひたすら技術を身につけ、腕を磨く「職人」から、外の世界での学びを活かして、未来を見据えて戦略を実行する「経営者」へと意識を変える
  • 「このままのやり方では未来はない」という危機感を、デジタル化という具体的な行動へ変える。従来の手仕事とデジタルを融合し、家業をアップデートする
  • 安売りの連鎖を断ち切り、自分たちの仕事の価値を再定義する。次世代へと木型づくりをつなげるため、その魅力を発信する

Company Profile

  • 会社名:株式会社村田木型製作所
  • 所在地:福岡県宗像市田野1203
  • 設立:1982年
  • 資本金: 300万円
  • 従業員数:6名
  • https://muratakigata.jp/

※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2026年6月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。