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M&A戦略インタビュー

戦略型M&Aで事業領域と周辺領域の拡大を目指す
住宅設備ECサイトの新たな挑戦

住宅設備機器の交換工事と商品をセットでネット販売するサービスを展開している交換できるくん。ガスコンロや食洗機、エアコン、給湯器などの交換工事に特化し、見積りから注文までをネットで完結することができる。2020年、東京証券取引所グロース市場に上場した同社は、M&Aによる成長戦略を描き、事業の更なる拡充を目指している。

Profile

株式会社交換できるくん
取締役副社長 佐藤 浩二(さとう こうじ) 氏

佐藤 浩二氏

外資系大手コンピューターベンダーにて営業・マーケティングのマネジメントを経験後、2004年にソフトウェア開発会社に入社。2007年に同社が上場企業のホールディングス傘下となり、同年、代表取締役社長の指名を受ける。その後、関連会社の取締役を歴任したのち、2018年にホールディングスの代表取締役社長に就任。2021年より株式会社交換できるくん取締役、コーポレート部門を管掌する。

住宅設備ネットサービスのパイオニア

ガス機器や水回りの設備など住宅設備機器の交換に際し、製品の購入から取り替え工事の見積り、注文までをワンストップで行えるインターネットサービス、交換できるくん。サービス名と同じ「交換できるくん」を社名とする同社は、1998年に水道設備工事会社として創業した。設備工事とECをつなげ、見積り訪問の手間を省き、安価で良質なサービスを提供することで事業を拡大。2020年には東京証券取引所グロース市場に上場し、更なる飛躍を遂げている。

通常、家のコンロをIHに変えたい、エアコンが壊れたから交換しなければならないといった場合、新たな機器を購入し、専門の施工会社に取り替え工事を依頼する。工事をするには、一度施工会社の職人が訪問し、その場所を見て見積りをとる必要がある。その後、日程を調整し設置を行うことから、2度の訪問が必要になり、日程の調整にも手間がかかる。

交換できるくんでは、交換する機器や周辺環境の写真をユーザーが撮影し、サイトにアップロードすることで、職人が事前に見積りに行く手間を省く。およその金額がウェブ上でわかる手軽さで多くのユーザーの心を掴んだ。
さらに、交換などの工事は、見積りをとって実際に依頼した後に「追加で必要な作業が発生した」など、追加請求が発生するトラブルも多い。同社ではそうしたトラブルが起きないよう、最初から全ての費用が盛り込まれた価格を請求する仕組みをとり、追加請求が発生しないようにしている。
また、住宅設備機器の工事を専門とする会社として、設備工事を行う専任部隊を持ち、23年度の施工件数は約5万件を誇る。

そんな同社は、成長戦略の一つとしてM&Aを組み込み、24年1月にITシステムを提供するアイピーエス、10月には浴室暖房乾燥機等のメンテナンスや業務用アプリケーションの開発を行うハマノテクニカルワークスをM&Aした。

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お気に入りの服を選ぶように、ワクワクしながら、安心して気軽に選んで欲しいという思いを込めて誕生した住宅設備機器のEC サイト。ネット上で簡単に見積り依頼が可能となっている

個人的なつながりも活用

現在の同社の事業はリフォームや建設業に近い業態ではあるが、そのベースは「ユーザーがインターネットで製品を検索し、購入する」という、EC販売だ。そのため「システム投資が重要」という考えから、特にシステム開発の体制を強化すべく、IT企業とのM&Aを強く意識してきたという。
そんな同社の最初のM&Aは24年1月。ITシステムを提供するアイピーエスだった。

M&Aの経緯について、同社の佐藤浩二副社長はこう語る。
「アイピーエスは、私が前職にいた頃から個人的に親交のある会社でした。以前から事業承継をどうするか迷っていることは知っていましたから、私のほうから声をかけたのです」
さらに、24年10月には、仲介会社からの打診を受け、ハマノテクニカルワークスをM&Aすることになった。
ハマノテクニカルワークスは、浴室暖房乾燥機等のメンテナンスや業務用アプリケーションの開発を行っている会社だった。交換できるくんでは、それまで修理については取り扱っておらず、このM&Aによって、新たに修理事業という領域を加えることができた。

メリットはそれだけではない。
「ハマノテクニカルワークスに在籍している50名ほどの修理担当エンジニアは、住宅設備の交換に関しても活躍できるエンジニアです。“修理”という新規事業に着手できるだけでなく、“交換”という既存事業で実際に設備工事をするための体制を強化することにもなったのです」
さらに、ハマノテクニカルワークスには子会社があり、そのうちの1社は修理の業務をシステム化する会社だった。
新規事業への進出、既存事業の強化、そしてシステム面での競争力の向上という3つのメリットがあることに加え、住宅設備という観点でシナジーを得ることが期待できるという。

既存事業の強化や新規事業進出の足がかり

同社にとって、M&Aの目的は主に2つある。1つは、既存事業を強化していく際に必要となる人材や新たな顧客の獲得だ。優秀な人材を獲得するとなれば、時間も費用もかかる。
「新たに人材を採用しようとしても、そこで出会えるのは当然ながら『転職を考えている人』だけです。経験や資格など、私たちが欲しいスキルを有している人と出会える可能性は高くありません。出会えたとしても、今はどこも人材不足ですから、当社に来てもらえるかどうかもわかりません。その点M&Aであれば、転職の意思がなく、転職市場に出てこない優秀な人材を仲間にできる可能性が高まります」

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2024年に最初にM&Aを行ったアイピーエス。譲渡側の社長の意向や、会社の方針などをあらかじめ理解できていたこともあり、PMIもスムーズに行われている

また、もう1つの目的として、新規事業の創出がある。
新規事業の構想はあっても、自分たちだけで未知の事業に乗り出していくためには時間がかかる。その事業に精通した人材も必要になってくる。M&Aを活用することで、そうした時間の短縮が可能になるのだ。
また、M&A先を選ぶ基準としては、参入障壁の高かった会社と取り引きをしている企業、同社が持っていないような許認可を持っている企業など、さまざまな資格を有する必要がある建設設備関連事業ならではの特徴がある。
「ほかにも、システム的なノウハウや特許、知財権など、私たちが取りかかろうとしてもすぐにはなしえないものをすでに持っている会社など、一緒になることで当社の業務の幅が広がるとわかっている部分に関して、特に注意してみるようにしています」

また、「優秀な人材を仲間にしたい」という思いは強いが、それだけでM&Aをすることはない。「優秀な人がいるから」という理由だけでM&Aをしてしまえば、仮にその人が退職をした場合その会社とM&Aをするメリットが失われてしまうからだ。優秀な人材が退職してしまったとしても、その会社に別の価値が見いだせるよう、複合的に判断している。

譲渡側の社長の考え方を見定める

M&A後に既存従業員が辞めてしまうといった、事業統合にありがちな問題について、同社はどのように考えているのだろうか。
「一概には言えませんが、交渉の段階で相手先の社長と話をしていく際、スタンスというか、考え方や姿勢をよく観察するようにしています」
交渉をしていると、「会社を売却したらそれで終わり」という考え方を持つ社長に出会うこともある。だが、そうした考えを持つ社長の会社よりも、「どのような会社に譲渡すれば、従業員がM&A後も気持ちよく働き続けることができるのか」というような、“従業員の幸福”を基準に譲渡先を選んでいる社長の会社の方が、事業統合の際にトラブルは起きにくいだろうと佐藤氏は考えている。そういう会社であれば、先方が同社を選んだ時点で、「この会社なら既存従業員とうまくいくだろう」という目算を、社長が持っていることになるからだ。

逆に、とにかく高く売りたいという意向が強い社長だと、従業員が新しい会社になじめるかどうかといったことを考えていない場合もあるため、注意が必要だ。
「売り手企業の社長がどのような考えをしているのかという部分は、引継いだ後、どのように進めていくかを考えるうえでも大切になります」。
ケースバイケースではあるが、同社の場合は基本、譲渡先の社長には継続して経営に携わってもらえるように依頼している。
譲渡側の社長と、同社とが一緒になってよりよい道を模索していく統合を目指しているのだ。

M&Aの場合、買収側の会社のほうが規模が大きかったり、事業的に洗練されていたりすることのほうが多い。とはいえ、規模が大きいことが、従業員の質ややる気に比例しているわけではない。
譲渡側の会社の従業員たちも、自分たちの仕事にプライドを持って仕事をしている。長年働いている古参従業員であれば、「自分たちが会社を育ててきた」という自負もあるだろう。
「だからこそ、既存従業員の気持ちを尊重することが大切だと考えています」 買収した側の、「自分たちのほうがすごい」「自分たちが今使っている仕組みを導入しなければダメだ」「こうしないと利益が出ない」という押しつけは、反発を招くだけだろう。
「譲渡側の会社のほうが強い部分もいいと思える点もたくさんあります。そこはきちんとリスペクトし、既存従業員の気持ちを尊重しつつ、双方の会社の事業を融合していく必要があります。そしてそこは、一朝一夕にできるものではなく、時間をかけながらやっていかなければならないところだと考えています」

ただし、M&Aの効果はすぐに数字に現れないこともある。そんなとき、直接PMIに関わっていない経営陣からは「効果が薄かった」と判断されてしまうこともある。M&AにおけるPMIは、効果が現れるには時間がかかる場合も往々にしてあるのだということを、あらかじめ経営陣で共有しておく必要もあるだろう。
「特に日本の中小企業の場合、多くの業務を“人”に依存しています。当社の場合、特に現場で修理や施工をする職人が多いということもありますが、やはり会社は“人”ですから、人を無下にするようなことをしてはうまくいかないのではないでしょうか」。

逆に、たとえば同社のM&Aの1社目のように、譲渡側の社長と長年の知り合いであり、人となりを知っているような会社とのM&Aはスムーズに行くことが多い。
その会社がどのように仕事をしてきたのか、もともとの社長の考えがよく理解できており、事業内容もある程度わかっていると、どこをどう融合させればうまくいくかが具体的にイメージできるため、やりやすいのだ。

M&A活用で効率的な成長を

「M&Aは『時間を買う』行為でもあると考えています」
新しいことをやる際も、既存の体制を強化する際にも、自分たちだけの力でゼロから構築していくには時間がかかる。M&Aをすることで、すでにできあがっている事業を一緒にやっていくことになれば、構築し、事業を走らせるまでの時間を短縮できる。これはM&Aを行うメリットとして大きい。
また、前述の通り、ノウハウを持った人材を獲得できるのも大きなメリットだ。
人材不足が深刻になってきている現在、求めているスキルを持つ人が転職市場に出てくることは少ない。M&Aであれば、すでに活躍している会社の人材ごと一緒に仲間にできるため、優秀な従業員を獲得できる可能性が高くなるのだ。

同社では、今後も周辺領域での新規事業や既存事業の拡充にM&Aを活用していく予定だという。
「住宅設備や住まい関連など、アンテナを高くして互いに成長できるような企業を探し、M&Aしていきたいと考えています」
また、これまでBtoCの領で大きく活躍してきた同社だが、今後は大手ハウスメーカーが建てた住宅や、不動産会社が管理する賃貸住宅のアフターメンテナンスなど、法人向けのサービスにも力を入れていくという。

会社は人がつくっているものだ。
「道具のように購入を考えるのではなく、中にいる一人ひとりの顔が見えるM&Aをしていきたい」と佐藤氏は言う。ひいてはそれがM&Aを円滑に進めていくコツと言えるだろう。

Company Profile

  • 会社名:株式会社交換できるくん
  • 所在地:東京都渋谷区東1丁目26-20 東京建物東渋谷ビル7階
  • 設立:1998年
  • 資本金:2億6885万8000円(2024年3月末現在)
  • 従業員数:358名(うち契約職人171名、2024年3月末現在)
  • https://www.dekirukun.co.jp/co/

※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年2月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。