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M&A戦略インタビュー

廃業危機の介護事業者を救う
介護難民を生み出さないために積極的にM&Aを実践

ALS(筋萎縮性側索硬化症)、脳性麻痺など、重い障がいのある人が自宅で暮らすために必要な重度訪問介護サービスをメイン事業として提供する土屋。代表の髙浜敏之氏は、2020年に同社を立ち上げ、3年間で小規模多機能居宅介護事業所、グループホームなど、福祉関連事業を中心に20ほどの事業をM&Aしてきた。急成長し続けている同社の、M&Aに関する考えを聞いた。

Profile

株式会社土屋
代表取締役 CEO 髙浜 敏之(たかはま としゆき)氏

髙浜 敏之氏

1972年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障がい者の介助者、障がい者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。2020年8月に土屋を起業。代表取締役CEOに就任。

スピンアウトで起業 重度訪問介護を全国に

土屋の代表を務める髙浜敏之社長が同社を立ち上げたのは2020年のことだ。
12年に投資銀行出身の人物に誘われ、重度訪問介護事業を主軸としたベンチャーの立ち上げメンバーとして参加。8年ほど事業部長として事業を牽引してきたが、会社が成長するにつれ、会社の方向性と髙浜氏の目指すものに違いが生じ、20年、話し合いの末、地域をすみ分けるかたちで髙浜氏がスピンアウト。約半数の700名ほどの従業員とともに、土屋を設立した。

そんな同社が最初にM&Aを行ったのは、設立の翌年である21年のこと。東京都にある高齢者介護事業所だった。
「事業所の本体となる医療法人のトップが、高齢で後継者もなく、少しずつ事業を整理していきたいという話を聞いたのです」
髙浜氏の弟が事業所の所長をしていたことが縁でこの話を聞いた髙浜氏は、その施設を買い取ることにした。
「当時から、さまざまな理由で廃業する介護事業者が増えていることは知っていました。事業者が廃業してしまえば、介護サービスなどが受けられなくなる人たちがいます。そういう人たちを減らしたいと思ったのです。また、このM&Aによって、障がい福祉から高齢者福祉へと事業の幅を広げることができました」
髙浜氏は、この偶然の出会いにより、事業多角化の有効手段の一つとしてM&Aを認識することになった。

介護難民を出さないためのM&A

髙浜氏は積極的にM&Aをしていこうと考え、さまざまな仲介会社に相談した。すると、M&Aに関する情報が髙浜氏の元に集まるようになった。
「M&Aを実行したことで、『本当にM&Aを考えている企業』として認知され、具体的な案件がいくつも来るようになりました」
同社は、わずか3年で20ほどの事業をM&Aすることになった。

現在、介護業界におけるM&Aは活況を呈している。
その背景の1つには「後継者不足問題」がある。2000年に介護保険制度がスタートすると、参入障壁が低く、イニシャルコストも少なく始められる事業として、30歳〜40歳代だった人が次々と起業した。

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重度訪問介護事業を主な事業として始まった土屋。必要としている人すべてにサービスが行き渡るよう、47 都道府県に事業所を拡大している

それから24年が経ち、当時起業した人たちは60歳代となり始め、事業承継を考える時期にきている。だが、介護業界の事業は、小さい事業所の場合、仕事内容が大変な割に収益が少なくなってしまう場合もあり、自分の子に「引き継いでほしい」と思わない親もいる。子も後継者として事業承継することを望まないケースも多く、深刻な後継者不足が起きているのだ。
後継者がいなければ、いずれ事業は廃業することになる。だが、廃業した場合、サービス利用者は新たに別の事業所を探す必要があり、これまで通りのサービスが受けられない「介護難民」になってしまう可能性もある。

また、M&A市場が活況を呈している2つ目の理由として、他業種からの参入が成功しにくい業界特性があるようだ。
不動産業や建設、アパレル、飲食業などが、介護関連事業にビジネスチャンスを見出して参入してくるケースは多い。だが、高い収益を得るための考え方を、現場の従業員に浸透させていこうと思えば思うほど、現場で働く従業員との意識の乖離が生じてしまい、うまくいかないことがあるのだという。
「私も過去何年もケアワーカーなどの仕事をしてきたからわかるのですが、この業界で仕事をしている人たちは、高い奉仕の精神を持っていることが多いのです。中には『お金儲けは悪』と考える人がいて、そういう人は収益を拡大していきたいと考える経営者と、考え方が真っ向から対立してしまうことがあるのです」
経営者が売り上げや利益について言及すると拒否反応を示し、「困っている人からお金を搾取するのか」「障がい者をサポートするのに、利益を求めるのは卑しいこと」と、話を聞かなくなってしまう場合もあるようだ。

とはいえ、収益がなければ給与を支払うこともボーナスを出すこともできなくなる。企業が持続的に存続していくためには、利益を出す必要があるだろう。
「私自身、もともと利益追求型の企業活動に嫌悪感を持ち、NGOやNPOで働いていたこともあって、この業界にいる人たちにありがちな『お金儲けは悪』という考えに共感する部分もありました。でも、企業である以上、収益を上げなければ会社はたちゆかず、ひいてはサービスを提供することもできなくなります。私の場合、そのジレンマは『ソーシャルビジネス』という概念と出会うことで払拭されたのです」

ソーシャルビジネスとは

「ソーシャルビジネス」は、利益追求を目的とするのではなく、社会問題を解決することを目的とした持続可能性の高いビジネスのことだ。06 年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が提唱したもので、ユヌス氏は、1983年、バングラデシュの貧困層に無担保で小口貸付をするグラミン銀行を創設。バングラデシュの貧困の軽減に大きく貢献している。これまで、介護や福祉、貧困等に関する課題には、主に行政が解決を担い、市民ボランティアやNPOなどがこうした課題を支援する存在として貢献してきた。だが、社会問題は多様化、複雑化し、その支援には持続性が求められるようになっている。個人の善意によって成り立っているボランティアでは、持続的な支援は難しく、行政だけで解決することもまた、困難だ。こうした背景のもと、社会的な課題に対してビジネスとして取り組むことによって、一過性の支援ではなく、持続的な支援が可能になるという考えにより、ソーシャルビジネスが生まれた。

ソーシャルビジネスという考え方

「ソーシャルビジネスについては、TED※カンファレンスでアメリカの経済学者、マイケル・ポーター氏も『なぜビジネスが社会問題の解決に役立ちうるのか』という内容の講演をしています。私はたまたまその演説の動画を視聴して、ソーシャルビジネスという考え方に出合いました。そして、持続的な社会活動をするためにビジネスを活用するというソーシャルビジネスこそ、これからの土屋の方向性に合致するものだと思ったのです」

髙浜氏は、自社の従業員に、「自分たちは、ボランティアではなく、ソーシャルビジネスを展開しているのだ」と説明。この考え方を深く従業員に浸透させていくよう努力しているという。
「考え方の違う従業員に、ただ単に『売り上げを上げ、利益を増やすことが会社、ひいては社会のためになる』と言っても、すぐに納得してくれるわけではありません。そこで、ソーシャルビジネスの考え方を噛み砕き、『売り上げが上がるということは、1人でも多くの人に、少しでも長い時間サービスを受けてもらうということ』と伝えています。つまり、“売り上げ”というのは、私たちが追求している社会的価値を実現させるための一つの指標なのだと説明しています」

さらに、利益が出るからボーナスが出て、従業員の賃金も上がり、会社が存続できるのだということも、ことあるごとに伝えている。加えてマネジャー陣には、利益が上がることで純資産が上がり、金融機関の信頼が高まることで融資が受けられる。融資が受けられるから資金繰りがまわり、赤字で困っている事業所のM&Aをすることもできると、折に触れて説明しているという。

「とくに新たにM&Aによってグループインした企業の従業員には、なるべくわかりやすく、さまざまな場面で話をするようにしています。もちろん、もともと『利益を得ることは良くないこと』という考えを持つ人も含め、全従業員がすぐにこの考え方に共感し、賛同してくれるわけではありません。ですから、最初は7割の人がわかってくれればいいと思いながら話をします。そしてわかってくれる人の割合を少しずつ上げていくように、地道に何度も繰り返し話をしています」

※ TED(Technology Entertainment Design):米国拠点の非営利団体。さまざまな分野の著名人による講演会を開催。これまでにもスティーブ・ジョブズ氏やミシェル・オバマ氏、ビル・ゲイツ氏など幅広い分野の第一線で活躍する人々が独自の視点を共有している。

M&Aで幹部社員の育成

同社のM&Aは多くが救済型であり、その主目的は介護難民を出さないことにある。だが、直接的なメリットもある。例えば、最初のM&Aでは、これまでやっていなかった分野に事業領域を拡大することができた。ほかにも、これまで出店していなかったエリアへの進出が可能になるといったこともあった。直接的なメリットの最たるものの一つが、「幹部陣の人材育成の場として大いに役立っていることだ」と髙浜氏は語る。

M&Aをした企業には、これまで土屋で幹部として活躍していた人材を、新たに社長として派遣することが多い。
「幹部として社長の近くでその動きを見ていますから、実際に社長となる以前から、社長の仕事がどのようなものかということは、大体わかっていると思います。でも、経営者と幹部とでは、ものを見る視点がまったく異なります。経営をする立場になって初めてわかることが、実はたくさんあるのです」
キャッシュフローやBS・PLについては、社長になったからこそ理解が進むことの最たるものだろう。
「M&Aをした会社の経営を任せることで、幹部陣と“経営”という視点で価値観を一致させることができたのではないかと考えています。これは、本当に大きなことでした」
今後、土屋グループはホールディングス化も視野に入れ、規模拡大を進めていく予定だという。
「今会社にある事業部も、いずれは地域ごとなどに分けて分社化していこうと考えています。実践によって幹部陣が大きく成長してくれることは、会社の今後にも良い影響を与えるだろうと思っています」

介護福祉事業を全方向で

現在、土屋グループは、「28年までにグループ年商200億円」という目標を掲げている。
「実は介護業界は、スケールメリットが働きやすいのです。規模が大きければ損益分岐点を低く設定できますから、コロナ禍のような想定外のマイナス要因が起きても赤字に転落しづらい。事業の持続性を考えても、スケールメリットが享受できるように、事業規模を拡大していく必要があります。従業員にもその必然性を理解してもらえるよう、マインドセットしていくことが大切だと考えています」

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ソーシャルビジネスとして、より良いサービスを提供し続けていくためにも、会社はある程度大きくしていく必要がある。利益を得、サービス利用者により良いサービスを提供し、働く人たちも良い環境で働ける。一定以上の規模があることが安定経営の秘訣だという。
23年、土屋の重度訪問介護事業は、すべての県への事業所設置を実現。47都道府県に事業所を展開し、必要とするすべての人にサービスを提供できるよう、エリアを拡大している。

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さまざまな理由で介護事業者が廃業することで、それまで受けていたサービスが受けられなくなる“介護難民”が出ないためにも、積極的にM&Aを行っている

「当社は、これまで重度訪問介護事業を核として事業を展開してきました。今後は、M&Aなどを活用しながら、老人介護、児童福祉事業の割合を増やし、28年にグループ年商200億円という目標を達成する頃には、他の事業の割合を約50%、重度訪問介護事業の割合を約50%にしていきたいと考えています」

ソーシャルビジネスを実践し、スケールメリットを活かした経営で、重度訪問介護から児童福祉事業まで、介護・福祉に関するすべての事業を擁するトータルケアカンパニーへと変容しつつある同社。必要なサービスを必要な人の所へ届けるサービスを提供し続け、今後も成長していくことだろう。

Company Profile

  • 会社名:株式会社土屋
  • 所在地:岡山県井原市井原町192-2 久安セントラルビル2F
  • 設立:2020年
  • 資本金:5000万円
  • 従業員数:2521名(2023年9月末現在)
  • https://tcy.co.jp/

※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊ビジネスサミット(現:『月刊次世代経営者』)』2024年5月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。