スポーツクラブ・スイミングスクール業界の
再編をリードする
異なる文化を融合し、強みを引き出すM&Aスタイル
大規模な業界再編の波が押し寄せつつあるスポーツクラブ・スイミングスクール業界において、堅実かつ柔軟なM&Aで成長を遂げている企業がある。岐阜県に本社を置くコパンだ。現在では中部、関西、北陸地方を中心に74店舗の直営施設を展開する同社の二代目、市岡史高社長に、M&A戦略について聞いた。
Profile
株式会社コパン
代表取締役社長 市岡 史高(いちおか ふみたか) 氏
名古屋大学卒業後、同大学大学院に進学。日本学術振興会特別研究員として研究し博士号を取得。トヨタ紡織に入社し植物由来材料開発の技術者としてドイツに赴任。社会人としてBBT大学大学院に入学し経営管理専攻修士課程を修了。コパンに入社後、マーケティング・PRを担当し、専務取締役管理本部長兼経営企画室長に就任。2023年4月より現職。主に数値分析とM&Aによる新規出店を担当。
バトンの引継ぎは「攻めの経営」ができる年齢で
市岡社長は、トヨタ紡織の開発部門で6年ほど勤務した後、2014年にコパンに入社されたのですよね。その経緯を教えてください。
市岡氏:私は大学では細胞生物学という分野でヒトの遺伝子に関する研究をしていました。研究職を目指した時期もありましたが、たまたま参加したビジネスセミナーでビジネスに強く興味を持つようになり、卒業後は大学に残って研究するのではなく、一般企業に行こうと考えるようになりました。
縁あってトヨタ自動車グループのトヨタ紡織に就職し、開発職として自動車の内装開発に携わっていたものの、企業の一部署としてではなく、もっと大きな視点で会社経営を見てみたいという思いが強くなり、トヨタ紡織を退職。父が創業したコパンを手伝う形で、14年に入社することになりました。
入社後は、後継者として会社の社風や組織に合った事業戦略の構築を行ってきました。
事業承継はどのようなタイミングでなされたのでしょうか。
市岡氏:父である会長から承継の話をされたのは、23年、創業30周年を迎えたタイミングです。
会長は、自身が40代で社長になっており、その時の経験から、「気力・体力ともに充実し〝攻め〟に出られる年齢のうちに社長になったほうがよい」と考えていたようです。私自身は、コパンにいる以上、「いつかは自分が継ぐことになるだろう」という意識は持ちつつも、とくに「いつ頃」と具体的に考えていたわけではありませんでした。
会長から事業承継の話をされ、「30周年」という会社における数字的な区切りがあったことにも後押しされ、社長の役目を引き継ぐことになりました。「30周年」という区切りは、決断をするうえでよいタイミングだったと思います。
スーパーの余暇部門から74拠点へ
コパンは、もともとは全く違う業種の一部門から始まったのですよね。
市岡氏:はい。当社は、愛知県名古屋市内に本社を置くスーパーマーケットチェーンの「余暇開発事業部」が前身となっています。
当時、その事業部でスイミングスクール事業を担当していたのが父でした。事業を拡大し、後にMBO※を通じてその事業を独立させたというのがコパン誕生の経緯です。

創業時は4店舗のスイミングスクールでしたが、その後、M&Aを中心とした多店舗化と多角化を進めたことで、現在では直営のスポーツ施設数が74店舗となっています(2025年7月1日現在)。サービス内容もスイミングスクールに加え、スポーツクラブ、エステサロン、ピラティススタジオなど、大人向けの健康や美容に関するサービスが大きく広がり、今では売上の半分を占めています。
M&Aによって新たな事業や人材が加わることで、想定していなかった方向へも事業展開が進み、会社を大きく進化させることができています。
※ MBOとは「Management Buyout」の略で、会社の経営陣が自社の株式や一部の事業部門を買収して、会社から独立すること
最初のM&Aは〝居抜き〟の延長
M&Aを行うきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
市岡氏:コパンを創業した後すぐの1994年のことです。スイミングスクールを1店舗譲り受けたことが、最初の事業譲受に当たります。当時はM&Aという言葉が一般的ではなかったため、契約も含めて居抜き出店の延長線上のような形でした。
当時のコパンは、スイミングスクールが4店舗あるだけで、1店舗であっても、新規出店は社運を賭けた大きな挑戦です。また、新しく施設を建設できるような資金力や与信力もありませんでした。とはいえ、その状態であっても「事業をもっと拡大したい」と考えた会長が取った戦略が、他社が撤退を検討している事業や施設を安く譲り受けるというものだったのです。
その後、さまざまな苦労や試行錯誤を重ね、数多くのM&Aを経験していきました。そのおかげもあって、会社としてどのように進めていくかというM&Aの〝型〟が徐々に確立し、直近の10年ほどは、その型に沿ってM&Aを円滑に進められることが増えてきています。
M&Aによって店舗を増やし、業態を広げてこられたということですが、M&Aをすることのメリットはどのような点にあるとお考えですか。
市岡氏:スポーツクラブやスイミングスクールは、定期的に料金を支払ってもらうことで、一定期間、商品やサービスを利用できる「サブスクリプション」を基本とするビジネスです。新規開業の場合、会員数0名のところから会員募集をし、会員を増やしていかなければなりませんから、安定した黒字化に至るまでには数年かかります。
一方、同業他社の店舗をM&Aする場合、すでに数百から数千名の会員が所属しており、従業員もいる状態から始めることができます。そのため、最初から一定のキャッシュインがあり、その地域における認知度もある状態で引き継ぐことができますので、うまくいけば半年から1年かからずに、安定的に黒字化することができます。顧客がいる状態で新たに店舗が増えるという部分は一つの大きなメリットだと考えています。

M&Aを行う際、大変な点はどのようなところだとお考えですか。
市岡氏:M&Aをした企業やそれぞれの店舗の文化、そして従業員が持っているノウハウを、当社の文化やノウハウといかに融合させていくかという部分だと思います。要はどのように「いいとこ取り」ができるかです。
また、何かを変更し、その変更によって想定した効果が得られなかったとしても、一旦変更したことをさらに変えるようなことは、そう簡単にはできません。既存会員からの信頼を損なうことに繋がるからです。変革は「一発勝負」になりますから、より慎重に行う必要があります。
M&Aにおいて大切にしている点はどういったところでしょうか。
市岡氏:私は、M&Aにおいては互いの違いを受け入れ、その違いから学ぶことを大切にしています。
さまざまな文化を持つ店舗があることで、バラつきや異常値が生じることもあります。しかし、それらから新たな発見に繋がることも多くありますので、敢えて統一化やマニュアル化はしないようにしています。
PMIは〝融合〟のマネジメント
M&A後の事業統合(PMI)の際、⼀番難しい点はどのようなところだとお感じになりますか。
市岡氏:多くの場合、譲渡された施設は、人口減少や老朽化、不採算など、何かしらの問題を抱えています。そのため、収益改善のためのアクションが必要です。
しかし、「変化」は会員にも従業員にも、少なからずストレスを与えるものになりがちです。会員の離脱や従業員の離職に繋がらないように、その企業や店舗の文化に合った、マイルドかつ効果的な変化をゼロベースで考える必要があり、ここに関しては、毎回苦労しています。ただ、それを考えることがやりがいの1つでもあります。
円滑なM&Aを⾏うためのポイントについて教えてください。
市岡氏:売り手に対して、金銭的対価以外に、何が提供できるかを考えることだと思います。
自社のメリットはもちろん重要ですし、契約上は金銭的対価を払えば正当に引き継げます。しかし、それだけではなく、顧客や取引先との関係性を良い形で引き継ぐことも大切です。
一方の視点だけを考えるのでなく、多視点から企業や事業の今後をどのようにしていくのかという配慮をすることが、結果的にスムーズな引き継ぎに繋がると考えています。
今後のM&A展開についてはどのようにお考えですか。
市岡氏:日本において、民間のスイミングスクール業界の始まりは、1970年頃といわれており、そこからすでに50年が経過しています。その後、80年代に続々とスポーツクラブがオープンしました。そのため、黎明期に会社を立ち上げた創業者や創業幹部の退任と後継者不在、施設の老朽化などが今、課題として顕在化しつつあります。それに加え、コロナ禍による収益悪化、少子高齢化、人手不足、建築費や光熱費の高騰など、業界を取り巻く環境は、残念ながら悪い要素しかありません。当社も外部環境の厳しい変化に耐えながら日々試行錯誤しています。
ただ、「M&A」という観点においては、承継案件が非常に増えているため、逆に会社を成長させる機会が広がっていると言うこともできます。
ここ数年、同業の大手企業も成長戦略の主力にM&Aを挙げるようになってきましたが、当社が主に承継している地方の小規模クラブは買い手が付きにくい現状があります。
そういう状況を踏まえつつ、引き続き1案件ずつ、しっかり丁寧に対応していきたいと考えています。
買収は〝その後〟が本番
M&A展開を考えている企業経営者に向けて、メッセージをお願いします。
市岡氏:よく言われることではありますが、M&Aの契約締結は始まりに過ぎず、その後に行うPMIこそが本番であり、買い手企業の手腕が問われることになります。
M&A後の成果に繋げるためには、企業間で異なる「文化の融合」や「落としどころの見極め」が重要です。そのためには、「どちらが正しいか」ではなく、まずは「相手がなぜそのような文化なのか」を理解することから始める必要があると考えています。どのような人たちが、どのような考えで今の文化をつくったのか、施設や規則はなぜそのようになっているのか、評価や批判をするのではなく、まずは相手の話を聞いて「知る」ところから始めることをおすすめします。その事業の歴史や物語を知ることは、隠れていた伸びしろの発見にも繋がります。
最後に今後の展望を教えてください。
市岡氏:昨今の外部環境の変化を考慮すると、大きな施設を新築することはリスクが高いと考えています。そのため、当面は引き続き、小規模M&Aを中心に事業を拡大していく予定です。
今後はスポーツクラブ・スイミングスクールを中核事業としつつも、新規領域も拡大していけたらと考えています。
24年には、システム開発を行うスタートアップ80&Company(エイティーアンドカンパニー)と資本業務提携を結びました。今後も、既存事業とのシナジー創出や、当社が保有するオフライン・リアルな場の活用に興味があるスタートアップと連携し、新しい価値創造の形を提案していきたいと考えています。
Company Profile
- 会社名:株式会社コパン
- 所在地:岐阜県多治見市光ケ丘二丁目60番地の1
- 設立:1992年
- 資本金:1億円
- 従業員数:218名
- https://www.copin.co.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年8月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。