食のSPA企業が酒蔵をグループ化
事業領域を広げ、価値をより高めるための強みをつくる
だし・調味料ブランド『茅乃舎』で知られる久原本家グループは、1893年に福岡県で創業した醤油蔵を起源にもつ総合食品メーカーだ。同社は、製造から販売まで一貫して行う食のSPA企業として、食品業界で異彩を放つ。2024年4月、同じ福岡県内の酒蔵、伊豆本店をグループ化。長年久原本家グループ本社で経営企画に携わり、24年4月から伊豆本店の専務執行役員を兼任する中川鉄兵氏にその経緯を聞いた。
Profile
株式会社久原本家グループ本社
久原本家グループ本社 経営企画部/伊豆本店 専務執行役員 中川 鉄兵(なかがわ てっぺい)氏
1980年生まれ。大学卒業後くばらコーポレーション(現久原本家グループ本社)に入社。流通営業として約14年勤務後、本社でマーケティングセクションに移り、『茅乃舎』の商品企画やプロモーションなどに従事。2022年より経営企画部の立ち上げメンバーとなり、中期経営計画の策定、コーポレートパーパスやビジョンの策定を行うと同時にM&Aを担当。24年、伊豆本店の専務執行役員に就任。
グループ初のM&Aを実施
本格的な料亭の味を家庭でも味わえるよう、国産の焼きあご(トビウオ)、鰹節などを使用した本格和風だしや、厳選した国産野菜を凝縮させたコンソメ風の野菜だし、鍋のつゆなどを販売する調味料ブランド『茅乃舎(かやのや)』。贈答品としても多くの人からの支持を得ており、「お祝い事などでもらって以来、ずっとこのだしを使い続けている」、「家の味噌汁の味は茅乃舎の味」というヘビーユーザーも多いという。
同グループの商品は通信販売からも購入でき、店舗は、本社のある福岡だけでなく、東京、名古屋、大阪といった主要都市の百貨店などに出店。2010年にオープンした東京・六本木ミッドタウン店などは、常に人が溢れる人気店となっている。

この『茅乃舎』ブランドを展開するのが、久原本家グループだ。同社は、1893(明治26)年、醤油蔵として産声を上げた。現在は、確かなものを提供する調味料ブランドとして、九州地方を中心に日本中に知られているが、四代目となる現社長、河邉哲司氏が入社したときは、前掛けをかけて醤油瓶を積んだ軽トラックに乗り、各家庭の勝手口から醤油の空き瓶を回収し、新しい醤油を置いてくる、昔ながらの小さな醤油蔵だったという。
久原本家グループの経営企画部でM&Aを担当し、24年4月から伊豆本店の専務執行役員を兼任している中川鉄兵氏は、久原本家グループの成長の歴史についてこう語る。
「現社長である河邉が若い頃、北海道産のたらこを使用しためんたいこを開発。『椒房庵(しょぼうあん)』というブランドで提供を始めました。その後、オリジナル調味料を開発し、流通ブランド『くばら』、茅葺き屋根のレストラン『御料理 茅乃舎』の開業、同名でだし・調味料を中心に扱う直販ブランド『茅乃舎』など、自社ブランドを次々と展開。醤油から徐々に事業領域を拡大してきました。現在では、食品業界では珍しい、自社で製造から販売までを一貫して行うSPA企業として事業を展開しています」
2024年4月、そんな久原本家グループが同じ福岡県内にある造り酒屋、伊豆本店をM&Aによりグループ化した。初めてのM&A成立だった。
創業300年を超える酒蔵を事業承継
同社がM&Aを行った伊豆本店は、福岡県宗像市で約300年前に始まった長い歴史を誇る造り酒屋だ。
「伊豆本店は、久原本家グループの代表である河邉の母方の実家で、伊豆本店の前社長とは“いとこ”同士。醤油と酒という醸造に関係する仕事をしていることもあり、以前から経営に関しても互いに相談し合っていた仲だったと聞いています」
両社が姻戚関係にあったこともあり、以前から、久原本家グループが提供するレストラン『御料理 茅乃舎』で、伊豆本店でつくっている酒を提供するといった協業も行っていた。
ところが22年、伊豆本店の社長が急逝。遺された家族から、会社の今後について河邉氏に相談があった。

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伊豆本店は、従業員が5名という小さな規模の造り酒屋だ。それまで、経営に関する判断などは前社長がほぼ一人で担っていたこともあり、社内に代わりができる人材はいなかった。だが、小規模の酒蔵とはいえ、300年以上の長きにわたって続いてきた歴史ある酒造りを、「後継者がいない」という理由だけでやめてしまっていいものか。
「久原本家グループとしては、ミッションの中に『日本の食文化を未来に紡いでいく』ということも掲げています。そのミッションを実現していくためにも、縁ある地域の造り酒屋がなくなっていくのを黙って見ているのではなく、その伝統をつないでいくべきではないかという話になり、M&Aを検討することになったのです」
こうして話し合いの結果、M&Aによって伊豆本店が久原本家グループの子会社となることが決まったのだ。
グループのチャネルを活かす
「久原本家グループには、『茅乃舎』や明太子販売の『椒房庵』などで培った独自の販売チャネルがあります。グループ企業となったことで、そうしたチャネルを伊豆本店も活用していきたいと考えています」
グループ独自の販売チャネルをいかに活用してシナジーを創出していくのか。そして、どのようなシーンで飲まれるお酒をどうつくっていくのか、現在、今後の方針を検討している最中だという。
「せっかくグループになったのですから、久原本家グループの一員だからこそできる酒造りをしていきたいと考えています」
久原本家グループに加わったことで、酒そのものの良さはもちろんのこと、伊豆本店でつくる酒をどのようにブランディングしていくか、グループ全体で戦略的に検討することができるようになった。グループにある人やモノといった経営資源をうまく使いながら、今後は伊豆本店の価値を上げていくことに注力していくという。
「グループインしたからといって、酒造りの大きな方針を急に変えるわけではありません。たとえば、同じ酒造りでも、これまでやってきたことがないジンやワインなどをつくることは難しい。そうした新たな取り組みを一足飛びに行うのではなく、今ある事業をしっかりと見つめ直し、強みを見いだしていきたいと考えています」
会社の基盤を強化し、よい製品提供のためのM&A
久原本家グループは、これまでも事業領域を広げていくための手段としてM&Aを捉え、検討してきた。また、同業他社や類似業界だけでなく、久原本家グループが今後事業を拡大していくうえで、DX関連など、これまで弱かった分野を強化していくためにもM&Aや資本提携は検討されている。
今後も引き続きM&Aを検討していく予定ではあるが、基準としては、今行っている事業との親和性や久原本家グループと一緒になることに意義があるのかを見極めていくという。
M&Aによって「売り上げを上げていく」ということではなく、「グループの事業価値を上げる」ことを大前提として、「その事業をなぜ今やるのか」がお客様にも従業員にもきちんと説明できる企業とのM&Aを進めていく予定だ。

今、日本中のさまざまな食の担い手の中には、伊豆本店のように、技術は良いものを持っているが、後継者不足や販路が少ないといった悩みを抱えている企業も多くある。
「そうした企業と何かしらの縁をつなぎ、互いに良い関係を築いていけたらいいと思っています」
丁寧な説明で従業員の不安を取り除く

4月にグループ化したばかりの伊豆本店では、本格的な事業統合はこれから始まる。それに対し、伊豆本店の従業員はどのような反応を示しているのだろうか。
「社長が亡くなってしまって1年。今は期待と不安が入り交じっている状態だと思います。というのも、伊豆本店はそれまでごく少人数の従業員でやってきた会社です。家族的な仲の良さだったからこそ、ある程度会社の内情もわかる。そうなると、経営のほとんどを担っていた社長が亡くなってしまい、『これからどうなるのだろう』と、従業員たちは強く不安に感じていたようです」
久原本家グループへの参画によって酒蔵を継続できることになり、従業員たちのそうした不安は払拭され、新たな風が吹き込まれることに対する期待があった。とはいえ、これまでより規模が大きい会社のグループとなったことで、それまでなかった制度などが整えられる一方、「家族的な雰囲気がなくなってしまうのではないか」という新たな懸念も生じていた。
そうした不安を少しでも晴らすために、グループ化を公にできるタイミングになったとき、グループの代表である河邉氏が新たな代表として伊豆本店を訪問。従業員にこれまでの経緯とこれからの展望を直接語り、「安心して働いてください」と語りかけた。
さらに、久原本家グループで行われる全体朝礼で伊豆本店の従業員たちを紹介し、歓迎の意思を伝えるなど、グループ代表の河邉氏自らが中心となって、そうした不安に真摯に向き合っていった。
「グループ化に至った経緯、久原本家グループの会社としての考え方など、順を追ってきちんと説明することで、伊豆本店の従業員には久原本家グループの考えを理解してもらえたと思っています。とはいえ、これまでとは何かが変わってしまうのではないかという不安はまだあるかもしれませんし、変わることがまったくないということではないと思います。でも、その変化の先にどのような未来があるのかを明確に示すことで、従業員の不安を払拭し、やる気に満ちた雰囲気へと変えていきたいと思っています」
今後は、それぞれが伊豆本店でどのような仕事をしていきたいのかなど、一人ひとりとじっくり話をしていくという。
伊豆本店が子会社となってまだ数カ月。目に見えて大きなシナジー効果があるわけではないが、「日本の食文化を世界に広げていく」ことをミッションステートメントとしている久原本家グループにとって、300年の長い歴史を持つ酒蔵がグループに参画することは、海外進出の際にも大きな強みとなる。
近年、日本酒の国内需要は右肩下がりだが、海外では「SAKE」と呼ばれ、人気を博しているという。そのSAKEをつくる醸造部門がグループ内にあるということは、「日本食」を扱っている会社というステータスを1段階上げてくれる期待も持てる。
もちろん、伊豆本店をM&Aしたことで久原本家グループが得るメリットはそれだけではない。

「酒は、そのまま飲んで楽しんでいただくこともできますが、隠し味として、さまざまな料理に使われています。グループの中に和食に欠かせない調味料の一つである酒が加われば、当社がつくる調味料の幅を大きく広げることができます」
日本酒をグループ内で醸造できるという強みを生かし、だし、調味料を主軸に、和の食事を楽しむことをトータルコーディネートしながら、今後も和食を世界へと広めていく——。「酒造」という強い味方を得て、久原本家グループは更なる成長を目指している。
Company Profile
- 会社名:株式会社久原本家グループ本社
- 所在地:福岡県糟屋郡久山町大字猪野1442
- TEL:092-976-2000(代表)
- 設立:1951年(創業1893年)
- 資本金:1億円
- 売上高:318億円(グループ連結、2024年2月期)
- 従業員数:1319名(グループ全体2024年2月末時点)
- https://kubarahonke.com
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊ビジネスサミット(現:『月刊次世代経営者』)』2024年7月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。