中小製薬メーカーの生き残り戦略
分散型工場と海外進出の新たな道を拓く
ミミズ由来の成分を取り出し、薬やサプリメントへと加工し販売する製薬メーカー、ワキ製薬。同業種の会社が減少し、統廃合が進みつつある業界にあって、生き残りをかけて事業を拡大。製薬工場を分散して持ちたいという希望と、海外進出のためのブランド獲得を考え、積極的にM&Aを進めてきた。同社のM&A戦略について、脇本真之介社長に話を聞いた。
Profile
ワキ製薬株式会社
代表取締役社長 脇本 真之介(わきもと しんのすけ) 氏
1976年奈良県生まれ。帝京大学を中退後、リゾート会員権を販売するフルコミッションの営業職に従事。2001年、25歳で家業のワキ製薬に入社、03年に専務に就任。08年、主力原料の特許切れで類似製品が台頭し、13億円近い借り入れに加え、協力会社が離反。売上の80%を消失する中、12年、34歳で社長に就任。会社の立て直しを図る。19年、大和高田市産業優良者表彰を受賞。
分散型工場を増やすために考えた一手
奈良県は、昔から配置薬の製薬メーカーが複数ある産地として栄えてきた。なかでも、現在高い業績を上げているのが、薬やサプリメントの原料として、主にミミズ由来の成分を取り出す独自の手法を生み出し、人々の健康維持に貢献しているワキ製薬だ。同社は、2022年、配置薬をつくり続けてきた和平製薬をM&A。さらに24年、こちらも同じ配置薬メーカー、田原兄弟社をM&Aした。
「売り上げが増えたことで、従来からある工場だけでは手狭になっていました。新たに工場を増やしたいと思い、M&Aで一緒になれる同業他社を探そうと考えたのです」
ワキ製薬は、新たに生み出した手法でつくる製品の確かさと高い営業力で、急速に顧客を増やしていた。さらに製造量を増やすためには、工場を新設するか、工場を持っている製薬会社をM&Aするかという2つの選択肢があった。
脇本氏は以前、先代である父(現・会長)が、自社の工場拡大に伴う莫大な投資を行った後に業績が悪化し、倒産寸前の危機を経験したことがあった。そのため、リスク分散のためには規模の大きい工場を新たにつくるのではなく、M&Aで既存企業をグループ化し、それぞれが持つ工場をうまく活用する分散型で、製造量を拡大していきたいと考えていた。
「業績が悪化したとき、大きな工場が1つしかなければ、それを売却しなければならなくなり、製造が止まってしまいます。でも分散型にしておけば、1つの工場を売却したとしても、他がまだある。業務が止まってしまうこともありません」
さらに、医薬品の製造に関する許認可の問題もあった。「新しい工場をつくるとなれば、その工場で医薬品をつくるための許認可が必要になります。許認可を受けるためには、莫大なデータ採取と書類作成が求められ、工場の建設費用以外の、見えないコストも考えなくてはならないのです。工場を持っている既存企業をM&Aすることで一緒にやっていくほうが、圧倒的に費用も時間も節約できます」
決まりかけていた廃業をひっくり返してのM&A
脇本氏は、自社と似たタイプの薬をつくっているメーカーの中から3社をピックアップ。当時、奈良県の製薬組合でも活躍していた父親に、「もしこの3つの会社の中で廃業などを考えている企業があれば、一度『一緒にやりませんか』と声をかけたいと思っている」という話をした。すると、父親が組合で、ピックアップしていたうちの1社である和平製薬が、すでに廃業が決まっているという話を聞いてきた。
脇本氏が和平製薬に話を聞きに行くと、聞いた通り廃業の手続きが進んでおり、土地に関しても他社への売却が決まっているという。
脇本氏は、すでに売却が決まっている和平製薬に、無理を承知で「M&Aをして一緒にやらないか」という提案をした。
和平製薬はワキ製薬と同じく、100年の長い歴史を持つ会社だ。
「よい薬をつくっている会社だということは知っていましたし、廃業してしまえば、和平製薬の薬を継続して使用している顧客にとってマイナスになります。さらに、現在配置薬のメーカーの多くが厳しい状況にあり、統廃合が続いている。奈良県の伝統産業である医薬品の製造を守っていきたいという、私の気持ちを話しました」
また、当時の和平製薬の社長は現社長の母親で、製造部には息子がいた。脇本氏はその息子に四代目として社長を継いでほしいと思っていることを伝え、説得。脇本氏が自分のノウハウをきちんと伝えること、「社長の息子」だからこそできることがあるということを熱く語った。
脇本氏からの熱いオファーを受け、和平製薬は売却を中断。息子である岡井勇二氏が社長になることを条件に、ワキ製薬とのM&Aに応じることになったのだ。

自ら動いて信頼を勝ち取る
熱い想いで和平製薬の経営陣を動かした脇本氏だったが、5人いた和平製薬の従業員にこのM&Aを納得してもらうのは大変だった。
「自分たちの会社がほかの会社に飲み込まれてしまうのであれば辞める」「むしろこのまま廃業してもいい」そんなきつい言葉を放つ従業員もいたという。脇本氏は、和平製薬を何度も訪れ、「一緒にやっていきたい」という自分の気持ちを伝えた。
「従業員からしてみれば、勢いのある会社に自社が飲み込まれてしまうというイメージが強かったようです。まずは自分がいわゆる“乗っ取り”はしないということをわかってもらう必要がありました」
和平製薬の場合、それまでほとんど営業らしい営業をしておらず、そのため受注が先細りしているという実態があった。「前社長や、新社長となった息子の岡井氏に、退職だけは思いとどまってもらうように従業員を説得してもらいながら、『まずは新しい仕事を取ってきます』と言って、私と、出向で和平製薬の営業担当となった従業員とで、積極的な営業活動を展開。新たな仕事を受注しました」

新規受注が増えれば、それまでのんびりやっていても回っていた現場の業務は回らなくなる。脇本氏とワキ製薬の数名が助っ人として、和平製薬の工場に行き、ラインに入って一緒に作業を行った。
人手が足らず、納期ギリギリというときには、遅い時間まで一緒に作業をすることもあったという。
「『皆で一緒にやっていこう!』と口で言うだけでなく態度で示していきました」
仕事を取ってきたからといって任せっきりにせず、納期が迫っているときには一緒に作業をする——。そうした脇本氏の態度が、従業員に「大切にされている」という実感をもたらした。
また、一緒に仕事をしながら、働く意義や業務効率に関する考え方なども伝えていった。
M&Aをしてから3カ月ほどが経過した際には、「忙しくなったけれど、この会社に残ってよかったです」と話をしてくれるほど、従業員の意識は変わっていった。
「M&Aをすると言った当初、『辞める』と言っていた従業員でしたが、結局誰も辞めずに今でも活躍してくれています」
さらに業績が回復した和平製薬は従業員数も5名から10数名と増えている。
「これまではとにかく売り上げを上げることに注力してきましたが、25年度に関しては、この売り上げからいかに利益を上げていくかという方向にシフトしていく予定です」
海外戦略のための第2のブランド
同社がM&Aをするメリットとしては、分散型工場を増やしていくことができることにある。さらに、工場の規模によって、業務が分担できるメリットもある。
例えば、現在同社には「テストマーケティング」をしたいという依頼が来ることがある。だが、ワキ製薬の場合、ごく小規模のロットを扱える工場がないため、1回の生産量が多くなり、量的にも費用的にもテストマーケティングに見合わなくなってしまい、商談がまとまらないことがあった。
そうした際、ロットが小さくても採算が取れる和平製薬の工場であれば、テストマーケティング用の製品を造ることができる。さらにテストがうまくいけば、次は大量生産品をワキ製薬で受注できる。
「2つの会社で受注の流れをうまく繋げることができるようになりました」
また、海外との取引の際に、M&A先のブランドを活用できるというメリットもあった。
実は、ワキ製薬は、台湾や香港などにも製品を輸出している。海外への展開では、国ごとに代理店を立て、専売契約を結び、販売している。しかし契約上の制約が多く、商品によってはワキ製薬の製品を売りたくても売れないという状況にあった。
だが、M&Aにより新たなブランドを獲得すれば、複数のブランドを使い分けながら市場を広げることができる。
「海外市場への進出の際、ブランドが複数あると、例えばミミズ由来の製品はここの代理店、コラーゲンはまた別の代理店というように、製品をブランドで分け、どちらも広げていくことができるようになるのです」
一つのM&Aが次のM&Aを呼んでくる
また、24年、やはり同社と同じく100年の歴史がある配置薬メーカー、田原兄弟社をM&Aした。
「私が20代の頃お世話になった会社です。前社長から突然電話がかかってきたことがきっかけでした」
和平製薬のM&Aの話を聞き、後継者がいない同社を引継いでもらいたいという話だった。
通常、M&Aは、自社にどのようなメリットがあるかを考えた先にある。今回の場合、実際にデューデリジェンスを行った際に、田原兄弟社の顧客とワキ製薬の顧客のほとんどが重複しており、引き受ける工場も老朽化していることはわかっていた。普通に考えれば価値も無く、リスクを伴うデメリットが多い投資になるのが目に見えていたが、脇本氏は「若いころに色々と教えてくださった社長への恩返し」という想いで会社を引き受けた。会社を引き受けてから2カ月後、その社長は永眠した。
脇本氏は、M&Aによって引き受けた工場を今まで以上に活かそうとリメイクし、分散型の工場として製造効率をさらに高めようと動いている。
「M&Aといっても、そこには人の気持ちがあります。単に大きな会社が小さな会社を飲み込んで、必要な事業だけを自分たちのものにするという考えでは、従業員の気持ちはバラバラなまま、中から崩壊してしまう可能性もあります。そうではなく、人の気持ちを大切にし、同じ方向を目指して一緒になっていくというやりかたを、続けていきたいと考えています」
また、M&Aがうまくいくポイントとして、社長が必ずM&Aをする予定の会社をその目で見に行くことが大切だと脇本氏は言う。
「買収された側の従業員の気持ちを自分のほうに向けるためには、社長の人柄をどうやって伝えるかということが大切です。一方通行ではなく、従業員ときちんと対話をすること。相手の話を聞き、自分の要望を話しながら、どうすれば互いの気持ちが同じ方向を向くのかを模索すること。それが円滑なM&Aを行うために重要なことなのではないでしょうか」
現在同社では、「配置薬」という日本独自のシステムを活用した、新たな医療の可能性を拓こうと、新規事業を立ち上げている。
「配置薬を配置して回っている配置員さんが、お客さまにヒアリングをしながらAIで適切なサプリメントなどを提供したり、隠れた病気を見つけられるといったビジネスをしていきたいと考えています」
そうした展開を実現する仲間として、システム関連企業などにも声をかけ、さらなるM&Aを進めていこうと考えているという。ワキ製薬は、製薬メーカーグループとして、未来に向けて動き出している。
Company Profile

- 会社名:ワキ製薬株式会社
- TEL:0745-54-0999
- 所在地:奈良県大和高田市本郷町9-17
- 設立:1951年(創業 1882年)
- 資本金:3000万円
- 従業員数:72名
- https://www.a-kusuri.co.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年3月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。