取引先拡大を狙ったM&A
M&Aで取引エリアを拡大し顧客満足度と売上向上を目指す
溶接をする際に必要な消耗品である電極や、溶接機械に関する周辺装置をつくる専門メーカー、新光機器。同社は主要取引先の関係工場がある東北地方での取引拡大を狙い、2024年、25年と立て続けに東北地方にある2社をM&Aした。M&Aは同社にどのような変化をもたらしたのか、メリットについて田中英樹社長に聞いた。
Profile
新光機器株式会社
取締役社長 田中 英樹(たなか ひでき)氏
1968年生まれ、愛知県出身。大学卒業後、営業職を経て2001年に新光機器に入社。リーマンショックや東日本大震災などの危機を乗り越え、会社の業績回復に成功。21年5月に取締役社長に就任、現在に至る。
溶接用電極の専門メーカーが打ち出した業績回復の一手とは
1974年に設立した新光機器は、自動車や家電製品などを製造するための溶接機械に用いる電極や、その周辺装置をつくっている専門メーカーだ。銅を加工してつくられる溶接機械用の電極は、製造に特殊な機械を使うこともあり、同社のように専門でつくっているメーカーは国内でも数えるほどしかないという。
「海外製品を扱う商社が主な競合になりますが、専門メーカーとして直接きめ細かな対応ができることが当社の強みとなっています」
三代目として同社を率いる田中英樹社長は、会社の特徴をこう語る。現在では、大手自動車メーカーをはじめとする、国内外3000社以上と直接取引を行い、海外にも複数の営業拠点を持っている。オーダーメードやオリジナル製品の開発にも力を入れており、近年、同社が開発した溶接用電極は、「従来の製品と比べて耐久性が高く長持ちする」と、業界でも高い評価を得ているという。
田中氏が同社の社長に就任したのは2021年のこと。コロナ禍による業績の低迷を解消する〝攻めの経営〟を期待され、当時営業本部長だった田中氏に白羽の矢が立った。
「私は01年にハウスメーカーから転職して入社しました。業界は全く違うものの、新光機器では当初からお客様の要望に合わせたオリジナル製品の製造も行っており、『お客様からのニーズをうまく聞き出して製造部につなぐ役割は、前職と同じだ』と考え、ひたすら業務に打ち込む日々でした」

その後、リーマンショック、東日本大震災と、何度も業績悪化の危機を迎えたが、その度に田中氏は営業部門を支え、リーダーとして部下のモチベーションを上げることで業績改善に貢献。21年、創業者の想いをつなぐ三代目として、取締役社長に就任した。
「二代目となる前社長はもともと製造部の責任者で、創業者である現会長の指名で社長となりました。営業本部長だった私も創業者一族ではありませんが、同じように、会長から社長に指名されたのです」
こうして社長を引き継いだ田中氏は、業績回復のためにも、新たな顧客を得るための販売戦略を打ち立てた。
そのうちの一つが、東北地方の売上拡大施策だった。
東北へ取引先を拡大したい

「実は、当社の主力取引先の一つである大手自動車メーカーが、東北地方に生産工場を持っており、近年生産台数を伸ばしていました」
それに合わせて同社も、10年ほど前に岩手県一関市に営業所を出していた。だが、製造を担う工場は、本社がある愛知県と岐阜県、大分県にしかなく、取引先から「東北にも工場を建ててほしい」と要望されていた。
自社で土地を購入し、新たに工場を建てることも検討したが、東北地方にある他の取引先や同業他社の経営者に話を聞いてみると、「人手不足で人材の確保が難しい」という。そこで、M&Aを検討することになったのだ。
「最初は、県の支援機関に登録し、主要取引先の工場がある岩手県と宮城県でM&A先を探しました」
社長に就任してすぐにM&A先を探し始めた経緯を、田中氏はこう語る。
登録直後に紹介された企業は、ある程度まで話が進んだものの、交渉段階で話がうまくまとまらず、流れてしまった。その後も何社か紹介されたが、田中氏がイメージしていたような会社ではなく、時間だけがどんどん過ぎていった。
「思うような会社が見つからず頓挫しかけていたとき、取引銀行の担当者から、思い出したように『東北でM&A先を探していましたよね』と言われたのです。その時、仲介会社を介して紹介されたのが、24年の12月にM&Aすることになったリュー精器(山形県東置賜郡高畠町)でした」
リュー精器は、鉄や樹脂などを切削して機器の部品や付属品をつくっている従業員20名程度の小規模なメーカーだった。
「ただし、会社の場所は東北地方の中でも山形県にあり、当初探していた岩手県や宮城県ではありませんでした」
岩手にある同社の営業所からは2時間以上かかる立地。営業所から遠いところがネックだと思われた。だが、主要取引先との距離は車で1時間半ほど。立地としては許容範囲だと考えたという。
また、新光機器の主力製品である「電極」をつくるには、銅の切削加工が必須だが、この加工を行っている会社は少なく、特殊な機械を所有する会社もまれだった。リュー精器には、そうした加工をする機械が揃っていた。
取引先からの距離や加工に必要な機械が揃っていたことが決め手となり、24年12月、同社はリュー精器をM&Aしたのだ。
とはいえ、課題もあった。
「リュー精器には機械はあったものの、当社独自の製品をつくる技術をもつ職人がいませんでした。そのため、当社から人材を派遣して技術を研鑽してもらおうかと考えていたとき、リュー精器を紹介してくれた仲介会社から『宮城県に切削加工ができる職人がいる、従業員20名ほどの会社があります』という知らせをもらったのです」
それが2社目のM&Aとなったアプト(宮城県大崎町)との出会いだった。1社目のM&Aからわずか3カ月後の25年3月、同社はアプトとM&Aを行った。

従業員の不信感を払拭
M&Aを行った際、田中氏はまず、リュー精器の従業員が抱いているだろう、M&A相手である新光機器への「不信感」を払拭したいと考えた。
「当社は本社が愛知県にある中小企業です。東北地方を拠点としているリュー精器の従業員は、取引先でもない当社のことを全く知らないだろうと思いました。そんな会社の社長が来て、いきなり『私たちは一つのグループになりました。これから一緒に頑張っていきましょう』と言われても、不信感しか抱かれないだろうと考えたのです」
田中氏は、まず、従業員に対して自社がどのような会社か、業務提携に至った経緯を話し、「ゆっくりと互いに理解し合い、コミュニケーションを深めていこう」と語りかけた。そのうえで、スピーチの内容を書面にして従業員に手渡した。
さらに、新たにリュー精器へ新光機器から人を派遣することを伝えた。赴任まで、数カ月の引き継ぎ期間があったため、その間は田中氏が隔週でリュー精器を訪問した。
「20名ほどの従業員がいましたが、私や新光機器に対する不信感を少しでも減らしていきたいと考え、訪問する際には必ず人数分の名古屋土産を持っていき、皆に配ってコミュニケーションをとるようにしました」
また、アンケートで従業員が感じていた不安や不満を確認し、それらを解消できるよう、待遇面も変えていった。
「実際のところ、M&A当初のリュー精器は赤字でしたから、従業員が満足できるほどの給与は支払えていませんでした。そこで、まずは新光機器から仕事をリュー精器に発注し、それを従業員の給与アップの原資にするなど、グループとなったメリットを活用していったのです」
モチベーションアップで業績も好調

M&Aから半年ほどが経過した現在、リュー精器の売り上げは好調だ。
「今期はおそらく黒字になるだろうという報告も受けています」
その大きな要因の一つに、従業員の仕事に対するモチベーションの変化があると田中氏は分析する。
M&A当初のリュー精器は、従業員に覇気がなく、笑顔も見られない状態だった。田中氏が、もともとリュー精器と取引があった会社にM&Aをしたことを報告するために挨拶に行くと、どの会社からも、「納期を守ってほしい」「製品の精度を上げてほしい」と言われたほどだったという。
「それが今では、納期を守ることは当然ですが、『製品の精度も上がった』と、取引先からの評判がよくなりました。当社から派遣した役員が、リュー精器の従業員の不平不満を受け止め、解決策を一緒に考えるなどしてモチベーションを向上していったのです」
従業員一人ひとりと話をし、前向きな考えができるような声掛けを続けることで、皆の考え方が変わり、真摯に仕事をする人が増えていった。また、派遣した役員とリュー精器の幹部陣とで経営方針を新たに作成。会社を皆で盛り立てていこうという意識を持たせることに成功した。こうした取り組みの結果、会社全体の雰囲気がどんどんよくなっていったのだ。
田中氏は、リュー精器を訪れるたびに従業員に笑顔が増えているのを感じたという。
従業員が生き生きと仕事をするようになると、製造効率が向上。品質もアップし、M&A後半年ほどしか経過していないにもかかわらず、売り上げは大きく改善することとなった。
また、2社目のM&A先であるアプトに関しても、田中氏は同じように名古屋土産を携えて、新社長が派遣されるまでの間、頻繁に会社に通った。
田中氏がアプトに派遣した新社長は、新光機器の元製造部の責任者だった。その人物が、専門性の高い知識を持っていたことで、従業員の信頼を勝ち取っていったという。
「アプトには、高い専門性を身につけたいと考える従業員が多かったのです。リュー精器に派遣した人物とは性格も特性も違いましたが、それがうまくマッチしたようでした」
アプトでは、M&Aをしたことで、新光機器から仕事が安定的に来るようになり、売り上げが向上。新たに行っている営業活動も好調で、アプトに直接仕事の依頼が来ることも増えてきたという。
次世代を担う幹部候補が育つという大きなメリット
当初考えていたように、M&Aを行ったことで、東北地方の主要取引先からも新たな仕事を得ることができた。だが、同社がM&Aによって得た一番のメリットは「別のところにあった」と田中氏は言う。
「M&A先の企業で自分も経営に挑戦してみたいという幹部社員が現れたのです。そのため、アプトとのM&Aの話が来たときには、真っ先にその人物に『新社長として派遣したい』と打診しました」
それまで一緒に働いてきた身近な人物がグループ会社の社長や役員になって経営に携わる姿を見ることで、「自分もやってみたい」という気持ちが生まれ、経営者視点でものを見るようになってきたのだ。

「次世代の経営を担う人材が、よい形で育ってきたということが、実は一番よかった点だと感じています。これは想定していなかったメリットではありますが、当社の役職者が積極的にM&A先に『行きたい』と言うようになったのです。これは本当によい変化だったと思いますね」
Company Profile
- 会社名:新光機器株式会社
- 所在地:愛知県名古屋市西区中小田井4-11
- 設立:1974年
- 資本金:9800万円
- 従業員数:147名(パート/アルバイト含む)
- https://shinkokiki.co.jp
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年11月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。