“トリプル1000”を目指す建設会社の挑戦
各社の“良い”制度を取り入れ、事業統合を図る
グループ従業員数1000人、グループ売上1000億円、給与平均1000万円——。“トリプル1000” と名付けられたこの目標を2033年までに達成すべく歩みを進める橋本グループ。それを実現させるための具体的な手段としてM&Aを行い、グループとなった会社の良いところを吸収。より良い会社へと成長し続けている同社の橋本真典社長に、M&Aの進め方やメリットについて聞いた。
Profile
株式会社橋本ホールディングス
代表取締役 橋本 真典(はしもと まさのり)氏
東京理科大学理工学部卒業、大学院土木工学専攻修了。卒業後、パソコンを扱う商社に入社。1992年、三代目である父親の要請により家業を継ぐために橋本組に入社。ITと建設業を組み合わせた、さまざまな改革に着手。2020年五代目社長に就任。一級建築士。
日々の生活の中に家業があった
1922(大正11)年創業の橋本組は、静岡県焼津市に本社を構える地域の建設会社だ。
「私が入社する前は、ごく一般的な建設会社でした」
同社のこれまでの変遷について語るのは、五代目、橋本真典社長だ。
橋本氏は橋本組創業者一家の長男として生まれた。
「子どもの頃は自宅と会社が一体化していました。朝6時に社屋のカーテンを開け、庭の草花に水をあげるのが私の役割というように、家業と生活は密接に繋がっていたのです。ですから、自然と自分が家業を継ぐものだと思っていました」
家業である建設の仕事が身近にあった橋本氏は、大学も建設業に関係する土木工学科で学んだ。学生時代は、長期休みになるたびに、家業でアルバイトをしていたという。
ところが、橋本氏が就職を考えるようになった頃、個人が使えるコンピュータとしてパソコンが普及し始めた。「これは面白いものが出て来た」と夢中になった橋本氏は、就職先にコンピュータ関連の商社を選んだのだ。
「当時は今のように携帯電話もなく両親が私と連絡を取る手段は、手紙か固定電話でした。電話は鳴った時その場にいなければ取ることはできません。すぐに連絡を取り合うようなこともできませんし、私は私で自分がやりたいことを仕事にしようと、誰に相談することもなく東京で就職先を決めました。両親からすれば、糸の切れた凧のようだったかもしれません」
子どもの頃は「自分が家業を継ぐかもしれない」と考えていたものの、それよりも自分が面白いと思ったコンピュータ関連の仕事をやってみたいという思いが、この時は勝ったのだ。
そんな橋本氏だったが、就職して何年か後に親から「戻ってきてほしい」と頼まれたことがきっかけで、それまでの仕事を辞め、1992年、橋本組に入社した。
当時は建設業とコンピュータには何のつながりもなく、双方は〝関係のない世界〟だった。
「でも、仕事にコンピュータを導入していけば、面白い世界が広がるだろうと感じました」
橋本氏はコンピュータを導入していくことで、会社に新しい風を吹かせることができると考え、IT業界で得た知識を活用し、建設業とITとを融合させた取り組みを他社に先駆けて行っていった。
次代を担う仲間と考えたトリプル1000
同社では、2033年までに、グループ従業員数1000人、グループ売上1000億円、給与平均1000万円という、通称「トリプル1000」を達成することを目標に掲げている。そのための成長戦略の一つとして行った最初のM&Aが、16年の市原組だ。
「トリプル1000」は、橋本氏が専務として社内改革を行っていく中で、若手従業員を集め、〝会社の未来〟について話し合った結果生まれた。
「この会社をどのようにしていきたいのか、何をやっていこうかと、次世代を担う未来の幹部候補たちが皆でさまざまな意見を出し合いました」
話し合いの中で「もっと収入を上げたい」「休みが取りやすい会社にしたい」など、さまざまな意見が出た。そうして出て来た意見をまとめ、従業員の〝心と脳に響くフレーズ〟として生み出されたのが「社員の平均年収1000万円」だった。
「そこから、平均年収1000万円を実現するために必要な売り上げや、従業員の数などを考えました」
こうして33 年までにグループ従業員数1000人、グループ売上1000億円、給与平均1000万円を達成するという目標、「トリプル1000」が生まれたのだ。
「トリプル1000」達成には、静岡県内のみでなく、より広いエリアへと出ていく必要性があった。とはいえ、すでに同業他社が入っている地域に新たに支店を出したとしても、縁もゆかりもない橋本組がすぐに仕事を得ることは難しい。そのためにM&Aを活用しようと考えたのだ。
シナジーを生むM&A
23年、第2弾の戦略的M&Aの相手として選んだのが、神奈川県にある宏和エンジニアリングだ。
「東京には早い段階から支店を出していましたが、16年に千葉の市原組をM&Aして、本社のある静岡から首都圏までのエリアを固めたいと考えた時、神奈川エリアがスッポリ抜けていたのです。それで、神奈川県内でM&Aできそうな企業を探しました。なかなかピッタリ合う企業が見つからず、ようやく出会えたのが宏和エンジニアリングでした」
M&Aをする基準としては、エリアのほかに「建設業に関する国家資格を有する人材の割合が多いこと」、「その企業独自の強みがあり、シナジーを発揮できそうなこと」というものがあった。
建設業では、仕事を請け負う際、さまざまな制約がある。営業所ごとに国家資格を持つ技術者がいなければならず、多くの仕事を受注するには、より多くの有資格者が必要だ。そのため、従業員に国家資格を持つ技術者がどれだけいるのかが重要となってくる。また、現在資格を所持していなくても、資格取得に前向きな従業員が多くいる会社であることがM&Aの必須条件だった。
「従業員に資格取得の意志があるかどうか、資格を所持している技術者がどれだけいるかは、デューデリジェンスの際に必ず確認します。そこが相容れないということは、仕事に対する価値観が違うということですから、それ以外の条件が良かったとしても、一緒に仕事をすることはできません」
また、高いシナジー効果を生むために、エッジの効いた得意分野を持つ会社を探した。宏和エンジニアリングは、橋梁の補修や建物の耐震補強など、これから市場が拡大するといわれている「メンテナンス分野」に強いという特徴があった。
「今後の建設業の未来を見据えると、メンテナンス分野に強いのは、M&A先として理想の相手だと思いました」
互いの良いところを取り入れる
M&A成功の鍵は、従業員が感じる不安や拒否感をいかに少なくするかにある。
「市原組との統合に関しては、5年かかりました。一番時間をかけたのは、給与や役職、休日取得の方法といった制度の統合です」
千葉の市原組と静岡の橋本組。建設業では、時期や状況、地域によって仕事の繁閑があり、人員が不足している現場があれば、別地域の会社からも人を出したい。だが、会社の制度が違うと同じ仕事内容でも、給与や手当の金額が違ってしまい、従業員同士の不和を招きかねない。そうならないためにも、給与なども含めた人事制度を完全に揃えることにしたのだ。
「制度の統合は、従業員が『これなら統合してもいい』と思えるものをと考えました」
2社の制度を比べながら、相違点がある場合は従業員にとって良いほうを採用。給与は、同じ役職であれば高いほうを基準にしてそれにいくらか上乗せした金額を設定した。
「これであればどちらの会社にとっても、確実に今より良くなりますから、従業員も納得してくれます。結果的に統合後の給与の支給総額は以前と比べてかなり大きな金額になりましたが、目標に掲げている平均年収1000万円にはまだ届きません。今後の目標達成に向けた年収アップのプロセスとして、妥当な金額になったと思います」

また、M&Aによって一緒になった会社が同じベクトルを向くためには、互いの会社の良い事例を見せ合うことも重要だ。
例えば、橋本組の本社は、従来の建設会社からは想像できないようなオシャレな社屋だ。
「創業100周年を迎えた22年に、記念事業として新しく建てたのが今の社屋です。普段は建設に携わらない従業員も含めて、当社の全従業員が、柱を建てるところから自分たちで行いました。私がやってみたいことを全部詰め込んでつくったもので、機能的でほかにはないカッコいいオフィスとなりました。そこに新たにグループインしてきた会社の従業員を招待し、会社の雰囲気を見てもらうこともしています」
市原組の従業員が見学にきた際には、「利益が出て従業員が増えたら、同じようにおしゃれなオフィスをつくろう」と話しをし、大いにモチベーションを上げることができたという。
23年にM&Aを行った宏和エンジニアリングも、手順を考えながら徐々に橋本グループ共通の人事制度へと移行している。市原組とのM&A同様、既存の制度と比べ、宏和エンジニアリングのほうが良いと思われる制度があれば、それを全体で取り入れていくという。
「悪いほうに合わせるのではなく、良いほうに合わせ続けていくように心がけています。そうすることで、自然と良い制度になっていくはずです」
また、市原組との統合後、橋本組で大きく変えたのが休日数だ。
市原組では、以前から他社に先駆けて完全週休2日制を採っており、22年の年間休日数は133日だったという。建設業の年間休日数は18年の厚生労働省の調査で平均104.0日※。他社と比べ、圧倒的に多い。
「実はM&Aをする際に、この休日数を見て、『きっと建前だよね、できるわけがない』と話していたのです」
天候などに左右されるにもかかわらず、納期が決まっている現場仕事は、休日が取りにくく、就労日数が多いのが「当たり前」というのがこれまでの業界常識だった。
※ 出所:厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」

そんな中、16年当時、年間休日数を130日以上取っている会社が実際にあるとは思わなかったのだ。
「M&Aをしてみて、実際に130日以上の休日数があるとわかった時、『やればできるんだ』と衝撃を受けました。自分たちは、最初から『無理だろう』と思って考えることすらしていなかったことに気がついたのです」
橋本氏は「実際にできている会社があるのだから、橋本組でもできるはず」と幹部陣と話をし、すぐに市原組の休日制度を研究。公共土木の現場で、土日は建設現場を閉所するやり方で完全週休2日制を実現した。
「やってみれば、完全週休2日制が実現できた。『やればできる』と、一気に目の前の景色が広がった感じがしました」
全ての人が笑顔になるために
生産性を上げ、利益をより多くしていくために、同社が行う取り組みは他にもある。
例えば、労働生産性を上げて残業や休日出勤などの時間外労働を減らしていく動きについては、グループ全体で行っている。
「より多く稼ぎたいから時間外労働を減らしたくないという声も聞いたことがあります。そう考える人の気持ちもわからないわけではありません。ですから、グループ全体で得た利益を従業員全員に分配する仕組みをつくり、それを“見える化”しました」
橋本グループでは、グループ全体の営業利益について、月次決算を出して最終的な着地点を予測。決算賞与としてグループ全体の営業利益の12.5%を社員に分配している。
生活のために残業するよりも、業務効率を上げ、残業を減らして決算賞与を増やした方が年収が増える──。そんな取り組みによって、従業員が自ら業務の改善や利益増の取り組みに積極的に動くようになっていった。
「『何のために仕事をしているのか』と考えた時、『自分たちの周りの人が笑顔になっている社会を築き上げたい』という答えが浮かびます」
ここで言う「周りの人」の中には、同社が携わった建物を使う人たち、協力会社や取引先の担当者、そして同じ会社にいる従業員たちも含む。
「そう考えた時、まずは自社の従業員が笑顔でいられる会社でなければ、取引先やエンドユーザーを笑顔にすることは難しいでしょう。ですから、まずはグループの中で仕事をしている人たちが、常に笑顔でいられるような会社にしていきたいと考えています」
同社の売り上げは、現在、グループトータルで300億円ほど。年間売上1000億円を見据え、今後は、同社がまだ支店を出していないエリアで建設の需要が多い大阪や名古屋、福岡、札幌などを商圏とする同業他社とのM&Aを行い、エリア拡大を目指していく。

Company Profile
- 会社名:株式会社橋本ホールディングス(株式会社橋本組)
- 所在地:静岡県焼津市本町2-2-1
- TEL:054-627-3276
- 設立:1966年(創業 1922年)
- 資本金:5000万円
- 従業員数:250名(単体)
- https://www.hashimotogumi.co.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊ビジネスサミット(現:『月刊次世代経営者』)』2024年4月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。