廃業予定の企業を承継
垂直統合型M&Aで技術力・営業力が向上
2024年、高い切削加工技術を持つ大槇精機が、取引先だった鋳造メーカー、エヌケーをM&A。切削加工の前工程である鋳造技術を持つエヌケーと一緒になったことで、事業領域を広げ売り上げもアップ。“削る”技術にとどまらず、常に新たなことに挑み続ける三代目・大町亮介社長に、M&Aのメリットと未来のものづくりのビジョンを聞いた。
Profile
株式会社大槇精機
代表取締役社長 大町 亮介(おおまち りょうすけ) 氏
1973年東京都出身。高校卒業後大槇精機に入社し、製造現場10年、営業3年の経験を積んで2005年31歳で三代目として社長に就任。世界が注目する会社へと発展させるべく、事業領域を広げ、特に同時5軸加工技術で国内外から高い評価を得ている。09年切削加工ドリームコンテスト金賞を受賞したヘルメットは、5軸加工技術によってアルミ塊から削り出したもので、その様子を撮影した動画は世界中で再生され、同社の名を知らしめた。
技術力を発信して販路を拡大
埼玉県朝霞市にある大槇精機は、三代目となる大町亮介氏の祖父が立ち上げた金属加工メーカーだ。
「当社は、もともとレーシングバイクや自動車の試作部品などをつくるメーカーでした。私の代になってから、新たなチャレンジをいろいろと行い、自社の技術力の高さを外部に発信していくことで認知度を上げ、取引先の幅を広げ、増やしてきました」
現在では、高い技術力を必要とするカーレース・F1で使われる車の部品や、航空・宇宙、防衛、さらには半導体の真空部品の製造にまでその領域を大きく広げている。
同社の技術力の高さを示す証左となったのが、アルミ塊からバイクのヘルメットを削り出す様子を撮影した動画だ。
「部品や金型の切削加工を行う現場では、プログラムによって自動で加工できるマシニングセンタという機械をよく使います。以前は、縦、横、高さという3つの軸で動きを制御する機械が主流でしたが、当社では、これに回転と傾斜の動きがプラスされた、5軸で制御することができる機械を導入し、より複雑な加工ができるようにしています」
この5軸マシニングセンタで、どこまで精密なものを切削できるかチャレンジしてみようと始めた取り組みの一つが、ヘルメットを削り出す動画だった。ほかにも、より削りにくいチタン塊をつかった王冠や、アルミとチタンからギターを削り出す様子を撮影した動画などをYouTube にアップし、話題となっている。

「業界の人しか見ないようなマニアックな動画なのですが、それでもヘルメットを削り出す動画は、延べ540万回ほど再生されており、業界では世界一の再生回数と言われています」
精密なものづくりへのチャレンジを発信してきたことで、「難しい加工ができる会社」として業界内での認知度が向上。さまざまな依頼が来るようになったという。

同業他社の廃業の知らせがきっかけ
そんな同社が、同じ埼玉県内で長年協業関係にあった鋳物メーカー、エヌケーをM&Aしたのは、同社の社長から「廃業する」という話を聞いたことがきっかけだった。
エヌケーの当時の売上規模は約2億円。大槇精機は8億円ほどでエヌケーよりも大きかったが、エヌケーが主に行っていた鋳造は、切削加工の上流工程になるため、大槇精機とは頻繁に仕事の取り引きがあった。さらに、大手企業からの受注をサプライチェーンとして一緒に受けている仲でもあった。
そんな協業関係にあったエヌケーの社長から、「鋳物産業自体が縮小する中で将来の展望が見えず、若手従業員の再就職のことを考えたら、今廃業したほうがいいと思った」という話を聞いた大町氏は、大きなショックを受けたという。そして、一晩じっくりと考えた翌朝、「事業全体を大槇精機が引き継ぎたい」と申し出たのだ。
ほぼ即断即決の申し出ではあったが、大町氏にしてみれば突然の決断ではなかった。実は、10年ほど前に一度、エヌケーとのM&Aを考えていたことがあった。今後の会社の方向性を考えた時、ものづくり業界で複数の工程をワンストップでできるようにしていったほうがいいという想いもあったからだ。だが、当時はよいタイミングがなく、具体的な話にまでは至らなかったのだという。
「それが、今回廃業という話を聞いて、それなら当社が引き継いでいきたいと思ったのです。エヌケーは、鋳造メーカーとして信頼できる相手でしたから、その高い鋳造の技術がこのまま失われ、火が消えるのを指を咥えて見ているわけにはいかないと思いました」
協業してきたからこそ見えたシナジー
もちろん、エヌケーの持つ技術をつなげていきたいという想いだけでM&Aを決めたわけではない。そこには、「2社が一緒になったときに生まれるシナジーが明確に想像できたから」という理由もあった。
「メインの取引先が同じだったこともあり、一緒になったことでお客様に喜んでもらえる姿がすぐに想像できたのです」
廃業を伝えられた翌朝、エヌケーにM&Aの打診をし、その日の夕方にはメインの取引先の担当者に、大槇精機がM&Aで引き継ぎたいという意向について話をした。
「当社やエヌケーだけでなく、お客様にとってもよい結果になることが、このM&Aで私が重要視したことの一つでした。もしここで、取引先から『そんなのダメだよ』と言われてしまえば、今回の話はなくなっていたと思います」
取引先では、大町氏が廃業の一報を聞いた同じ日に、エヌケー廃業について聞き、それまで依頼していた仕事をどうするのか、エヌケーがなくなることでどのような影響が出るのか、今後の対応を検討している最中だった。そんな時、大町氏からの「大槇精機で従業員も仕事も引き継いでいきたい」という提案に、取引先はすぐに賛同してくれた。一方、エヌケーの下請けとなっていた企業からも、従来の仕事が継続される上に、大槇精機からの仕事の依頼も増えるということで、歓迎モードだった。
ただ、エヌケーからは「鋳造の仕事が減っていたからこそ廃業を決めたのに、本当にいいのか」という不安の声もあった。
だがそれについても、「確かに、簡単な鋳造の仕事は減っていくだろう。だが、より高精度な鋳造はむしろ必要性が再認識されつつある」と大町氏は感じていた。
「当社の切削加工と協業すれば、さらにその可能性が高まるという勝算がありました。やり方を間違えなければ、一緒になることでシナジーが発揮され、会社は大きくなっていけると思ったのです」
また、エヌケーとは、大手の主要取引先が一緒だというメリットもある。
「大手の取引先の場合、先方からの要望に沿って設備を導入したり体制を整えたりする必要があり、それを実現するためにはかなりの費用がかかります。でもエヌケーであれば、すでにそこはクリアしているため、体制を整える費用は必要ありません。さらに、一緒になれば、上流工程である鋳造と当社の切削加工をセットで受注でき、売り上げは今よりアップできると思いました」
エヌケー社のメイン事業となる鋳造は、金属を溶かして型に流し込む古くからある金属加工の技術だ
互いに違うことが広がりを生む
実際にM&A後、提案の幅は大きく広がった。
たとえば、取引先に行って仕事に関する打ち合わせをする際など、これまでは、別々に行っていた打ち合わせが、会社が一緒になったことで、同じ席でできるようになった。同じ場にいることで、互いに情報共有ができることはもちろん、金属加工の営業には鋳造に関する知識やノウハウが、鋳造の営業には金属加工の知識やノウハウが自然に蓄積されていくようになったのだという。
営業が互いの知識を蓄積し合うことで、金属加工も鋳造もどちらの知識もある営業が育ちつつある。取引先がやりたいことを丁寧にヒアリングし、「それであれば切削加工の方がいいと思います。こっちだったら鋳造でやったほうがいいですね」と、より要望に合わせた加工を提案することができるようになったのだ。
「技術者が複数の技術を研鑽して多能工化するように、金属加工、鋳造と複数の深い知識を持った営業が誕生しつつあります。今は、取引先でもものづくりに詳しくない人が担当になるケースも増えました。そういう場合などはとくに、単に『うちでやらせてください』と言うよりも、要望によってさまざまな提案ができ、問題を解決できる営業が望まれることが多くなってきています」
シナジーによって売り上げアップ
営業は会社の代表として外に出ているとよく言われる。
「取引先は、その営業がどんなスタイルでどのような提案をするのかを見て、その後ろにある会社が何を大切にしているのかを感じます。営業メンバーが、より広い視野で提案ができるようになることで、会社に対する信頼度も上がっていくのです」
もちろん、こうした相乗効果は、営業だけでなく、現場の職人にも現れている。大槇精機では、これまで切削加工という目線でものづくりを見ていたが、そこに「鋳造」の目線も加わることになった。金属加工と鋳造という違う方法で加工を行うメンバーが、同じ場所で仕事をすることで、それぞれの経験値が自然と上がるようになってきたのだ。
取引先にとっても、これまで別々の会社に依頼していた仕事を、1社に依頼するだけでよいという利便性が向上した。以前も、エヌケーと協業することでそうした依頼に対応してはいたが、会社が一つになったことで取引先が2社別々に依頼をする手間が減り、鋳造から加工まで一気通貫で行う仕事については、以前の10倍ほども増えているという。
営業も現場の職人も、「鋳造」と「切削」という違った知識を互いに交換し、高め合える環境になったことが相乗効果を生み、同社の売り上げは好調だ。
「エヌケーとは昨年の3月から一緒になりましたが、今期は昨年の前期決算より30%以上アップしています」
M&Aをして1年と少し。それほど長い年月が経ったわけではないが、すでに確実にシナジーは生まれている。

高い技術を研鑽し続けている
M&Aは、喜ばれるものづくりをする会社と
もちろん、M&Aをしさえすれば、どんな会社でもうまくいくというわけではない。
「私の場合、M&Aの候補となる会社があれば、その会社が何か光るものを持っているかどうかをまず見極めます」
特に重視しているのが、顧客に喜ばれるものを提供できている会社かどうかだ。
「高い技術力があり、さまざまなことにチャレンジしていること、そして顧客に対し、誠実にビジネスを展開している会社となら、一緒になったとき、より大きなシナジーが得られると思うのです」
エヌケーにしても、会社が大きいわけではなく、大槇精機のように派手なチャレンジをして技術をPRしてきたわけではない。だが、エヌケーには、大手の下請けとして何十年もやってきた実績があった。大手の下請けをやるとなれば、クリアしなければならない技術レベルがあり、それだけでもすでに業界内で高水準の技術を持っているということの証となる。
「『鋳造』は、はるか昔から続いてきた歴史ある技術です。その技術に当社のチャレンジングな精神が合わさることで、さらにもっと面白いことができるのではないかと期待しています」
Company Profile

- 会社名:株式会社大槇精機
- 所在地:埼玉県朝霞市膝折町4-8-45
- 設立:1977年(創業1960年)
- 資本金:1000万円
- 従業員数:35名
- https://disn.co.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2025年6月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。