老舗商社六代目の挑戦
小さなM&Aで経験を積み 新規事業で勝負に出る
創業約170年。江戸時代末期、行燈の油売りから始まり、石油販売、食品の卸売、ガソリンスタンドの運営と、時代に合わせて事業を展開し続けてきた尾賀亀(滋賀県近江八幡市)。同社の六代目、尾賀健太朗社長は下降の一途を辿っていた会社を立て直し、次の一手を模索。M&Aをきっかけに、当時主力事業の傍で細々と続けていた食品事業を会社の2本目の柱とすべく奮闘。M&Aを活用し事業拡大を目指している。
Profile
株式会社尾賀亀
代表取締役社長 尾賀 健太朗(おが けんたろう)氏
1984年生まれ。滋賀県出身。2006年に大学を卒業後、IT系ベンチャー企業に就職。その後、別のベンチャー企業へ転職しさまざまな経験を積む。家業がリーマンショックの影響で経営難に陥ったことを契機に承継を決意し、11年、尾賀亀に入社。19年に六代目社長に就任。「いい会社をつくる」というビジョン実現に向けて奮闘中。
江戸時代から続く老舗で悪化した業績を立て直す
〝三方よし〟で知られる近江商人のまち、滋賀県近江八幡市。尾賀亀は、この地を拠点に、人の生活に欠かせない「エネルギーと食」の分野で事業を展開してきた。その創業は、1856年、江戸時代末期にまで遡る。
「行燈の油を扱う商いを初代が始めたことが、当社の原点です。現存する資料では、1895年にアメリカの石油会社と特約店契約を締結した記録が確認されており、この時期には石油販売を始めていたと考えています。現在では、ガソリンスタンドの運営をはじめ、自動車メーカーなどのモノづくり企業への石油販売、航空用燃料の供給、環境にやさしい次世代クリーナーの提案まで事業領域を広げています。食品の卸売事業に乗り出したのは、明治期に二代目が活躍していた時代です。以来、時代の変化に応じて事業比率を変えながらも、二つの領域を軸に歩みを続けてきました」
同社の六代目となる尾賀健太朗社長は、会社の歴史についてこう語る。
尾賀氏が会社を承継すべく尾賀亀に入社したのは2011年、リーマンショックのあおりを受け、会社の業績が大きく悪化したときだった。
「27歳頃のことです。当時尾賀亀の平均年齢は50歳ほど。私は最年少の〝若造〟でした。入社時の当社は、今にも潰れそうな状態でしたから、とにかく今できることをやり切ろうと必死でした。当時の売上比率はエネルギー事業が95%ほど。ところがそのエネルギー事業の収益性が悪く、稼いでもなかなか利益が出ない状態だったのです」
尾賀氏は、まず余分な経費をできる限り削減。同時に既存事業の収益性を上げるため、従業員に目標を持たせ、平日は事務作業を、土日には現場の一つであるガソリンスタンドで、従業員と一緒に働きながら「目標を達成していこう」と前向きな声掛けを行い続けた。
また、費用がかからない形でできる商材を増やし、収益性が上がる仕組みを考えた。ガソリンスタンドも石油の販売も尾賀氏には初めてのことだったが、「お客様のために何をすべきか」を軸に、ベテラン従業員と議論をしながら「やるべきこと」を固め、正しいと思ったことを改革していった。

偶然の出合いがきっかけ

「入社して2年ほどすると、エネルギー事業の業績悪化が止まり、社内が落ち着いた雰囲気になってきました。収益状況が改善してきたことで、私に先を見る余裕が生まれました」
だが、B to Cをメインとするガソリンスタンドの運営については、今以上に拡大していくことは難しかった。若者の車離れや環境面での配慮、以前よりも車の性能が上がったことなどで、ガソリンの消費量が大幅に減少していたのだ。
「石油販売事業は、石油元売の特約店というビジネスモデル上、価格決定権を自社で持つことができません。私が入社した当時は、仕入元に対して交渉を行うことすら困難な状態でした。事業の根幹となる主要な部分を、自社でコントロールできない構造に経営上のリスクを感じ、もう一つ別の柱を立てる必要があると思いました」
尾賀氏はエネルギー事業とは別に、自分たちのブランドとして販売価格を決めることができ、真摯にお客様と向き合っていける事業を模索。役員との間でさまざまな議論を行った。しかし、新規事業を立ち上げた経験がなかったこともあり、何から着手すべきかわからずに悩む日々が続いたという。取引先銀行からM&Aの打診が来たのは、そんな時だった。
「2015年のことです。非常食を取り扱っているエス・アイ・オー・ジャパンという会社でした」
夫婦2名でやっている年商2億円ほどの小さい会社だったが、収益性が高く、営業利益は3000万円ほど。取り扱っているのは災害時の食品などで、社会インフラや小麦・砂糖といった、「生活に欠かせないものを取り扱う」という尾賀亀のスタンスにもマッチしていた。
「話を聞いてすぐに、『これだ!』と感じました。それでM&Aを決めたのです」
M&A後、エス・アイ・オー・ジャパンで働いていた2名がリタイアすることが決まっていたことも、尾賀氏がM&Aを決めた理由だった。
「M&Aに臨む際、グループの従業員が一気に増えることに対して不安に感じる面もありました。そのため、M&Aをするなら、ごく小規模の会社からと思っていたのです」
エス・アイ・オー・ジャパンのM&Aを決めた尾賀氏は、エネルギー事業と並ぶ新たな収益基盤の構築を視野に入れ、従来から展開していた食品事業の再強化を検討するようになった。
「新事業を行うにしても、既存領域とかけ離れた分野ではなく、当社の根幹ともいえる『エネルギーと食』両方の事業領域を深化させていくことで、持続的な成長を実現していこうと、今後の会社の方向性を定めました」
エス・アイ・オー・ジャパンには、新規事業立ち上げのために雇用した人材を責任者として派遣。当時、数十年ぶりに行った新卒採用で迎えた社員を部下として配置し、2名体制でリスタートした。

顧客ニーズを引き出した新商品を開発
食品事業の新たな可能性を引き出す事業として期待していたエス・アイ・オー・ジャパンだが、M&A直後は売り上げ拡大に苦戦することとなった。
11年に東日本大震災が起き、非常食の大切さを多くの日本人が知ったことで、非常食のマーケットは大きく盛り上がった。だが、同社がM&Aを行った15年頃にはすでに落ち着きを取り戻しており、売上拡大には繋がらなかったのだ。
どうすれば業績を維持・向上できるのか——。尾賀氏は引き継ぎ業務のために残っていたエス・アイ・オー・ジャパンの前オーナーや社員とともにその方法を模索した。
「そうして生まれたのが、新たに開発した非常食『その場deパスタ』という商品でした」
M&Aをした当初、エス・アイ・オー・ジャパンの商材は、95%がアメリカから仕入れたものだった。そこに新たに開発した新商品を投入。

ライフサイクルが終わりかけていた既存の輸入商品と入れ替わる形で新商品の売り上げを伸ばすことができた。
意外に思うかもしれないが、非常食としてパスタをつくっている会社は当時1社しかなく、同社の開発した「その場deパスタ」は、それまでマーケットに存在しないものだった。そのため商品を発売するやいなや、さまざまな防災商社や代理店から問い合わせがあり、個人向けの販売サイトでも飛ぶように売れた。
さらに取引先についても、防災商品に強い商社だけでなく学校法人や病院、福祉関係に強いルートを持つ商社を探して販売するなど、新たな販売ルートを開拓していった。
小さい会社のM&Aで経験を積む
15年にM&Aを行った同社は22年、京都で洋菓子の企画販売を行っているドゥパリのM&Aを行った。
「ここも夫婦2名だけの小さな会社でした」
エス・アイ・オー・ジャパンの新商品開発などで力をつけた若手社員を、ドゥパリの責任者に抜擢。若手がチャレンジできる文化を生み出していった。
「食品事業に関する2社のM&Aを行い、『食品事業を成長させる』と決めてから、情報の集まり方が劇的に変わってきました」
尾賀氏は、食品領域でM&A先を探すのと並行して、自社でも新規事業を立ち上げ、そのためのメンバーを採用。食品事業の成長に向けての取り組みを強化した。
さらに同社の食品事業の方向性を決定づけたのは24年。東京に本社があるオーサワジャパンとのM&Aだった。マクロビオティック(玄米菜食を基本とする自然食)を中心に自然食品の企画・卸売を手がける老舗で、年商は40数億円ほど。しっかりと利益が出ている会社だ。
「規模は小さいながらも、2社のM&Aを経験したことが、オーサワジャパンのM&Aに繋がったと感じています」
オーサワジャパンの従業員は、アルバイトも含め100名ほど。たった2名しかおらず、しかもM&A後には退職が決まっていたこれまでのM&Aとは一線を画す規模だ。
「エス・アイ・オー・ジャパン、ドゥパリとM&Aを行い、自社で新規事業を立ち上げたりもしましたが、オーサワジャパンのM&Aの話が出た23年頃、食品事業の規模は10億円いかないくらいでした。対してエネルギー事業は150億円ほど。そこに匹敵するだけの規模にするためには、これまでと同じようなやり方では相当な時間がかかると思いました。それで、次のM&Aはもう少し規模感のある会社をと考えていたのです」

自然素材を扱う事業として食品事業を拡大
オーサワジャパンのM&Aと同時期に検討していた新事業が、同じように「体によいものを扱う」ことがテーマだったこともあり、尾賀氏は24年にM&Aが成立したオーサワジャパンを食品事業の中核に据えることにした。今後はこの会社を中心に尾賀亀の食品事業を拡大させていこうと考えたのだ。
オーサワジャパンの社長は、従業員承継で同社社員の中から選出した。さらに、同社の社外取締役となっている人物が尾賀亀とオーサワジャパンを繋ぐハブとなり、営業や商品開発の人材同士を引き合わせるなどしながら互いに協業する部分を増やしている。

「オーサワジャパンが取り扱っている商品には、マクロビオティックの考え方に沿って厳しい基準が定められています。当社で新事業として始めた食品ブランドも、それほど厳格ではありませんが『体によいもの』がコンセプト。自然食やオーガニック食材を扱う小売店など、商品の卸先が似通っている部分が多くあります。尾賀亀ではまだ取り扱いのなかった店に対して、オーサワジャパンから紹介を受けて営業に行く、またその逆など、シナジーも生まれています」
現在、尾賀亀の売り上げは全体で約200億円。うちエネルギー事業が150億円、食品事業は約50億円と拡大している。
「今後は食品事業部だけで100億円を目指していきたいと考えています。国内だけでなく、海外に向けた商品の比率を増やしていく予定です」
同社のビジネスモデルをより強固にする上で必要なピースとなるM&Aについての探索も、今後さらに強化していく。
Company Profile
- 会社名:株式会社尾賀亀
- 所在地:滋賀県近江八幡市出町293
- 設立:1953年(創業1856年)
- 資本金:2000万円
- 従業員数:210名(2025年4月現在、パート・アルバイト含む)
- https://ogakame.jp/
※本記事は、当社発行の月刊誌『月刊次世代経営者』2026年4月号の記事をもとに、Web用に一部加筆・修正しています。記事の内容は執筆当時の情報に基づきます。